若手奨励賞
日本物理学会では、将来の物理学をになう優秀な若手研究者の研究を奨励し、 日本物理学会をより活性化するために若手奨励賞を設けています。第15回日本物理学会若手奨励賞受賞者(領域11)
受賞者の発表
2020年7月の会告にしたがって,第15回日本物理学会若手奨励賞(領域11)の募集を行い,同年7月27日に締切りました.若手奨励賞領域11内規にしたがって設置された領域11の審査委員会による厳正な審査の結果,応募者の中から下記の3名の候補者が選考され,同年10月の物理学会理事会で受賞者として承認されました.ここでその受賞を祝福するとともに,領域11関係者に公示いたします.なお,対象論文などの情報については, 物理学会の若手賞のWebサイトをご覧ください.
受賞者 | 受賞題目 |
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田村亮(国立研究開発法人 物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(MANA) ) | 機械学習による実験データからの有効モデル推定手法の開発 |
畠山哲央(東京大学 大学院総合文化研究科) | 概日時計の特異な動的性質に関する理論研究 |
濱崎立資(理化学研究所 開拓研究本部 理研白眉チーム) | 孤立および開放量子多体系における熱平衡化過程の研究 |
審査経過報告
本年度の領域11若手奨励賞は、2020年7月27日の締切までに応募のあった8名の候補者の中から厳正な審査を経て、3名への授賞を決定した。審査は、領域代表が指名した9名の審査委員によって行われた。審査委員は領域11が対象とする広範な分野をカバーするべく、異なる専門を持つ研究者から選出されている。うち1名が審査委員長を務め、審査の取りまとめに当たった。審査手順は以下の通りである。まず各候補者について、共同研究や過去の指導教員など関わりが深い委員を、「関係者」と定義し、委員長の求めに応じて参考情報を述べる以外は、当該候補の審査に加わらないこととした。審査は二段階で行った。まず一次審査では各候補者について、審査委員長が指名した 3名が、審査対象論文を審査し、業績の独創性や候補者の貢献度を勘案して、絶対評価による採点を行い、査読レポートを作成した。二次審査は、Zoom によるオンライン審査会議を行った。一次審査の査読レポートおよび採点の集計結果をあらかじめ審査員全員が閲読し、会議当日にその内容について、各候補者について担当審査員3名が意見を述べた後で、審議を行った。また必要に応じて会議から退室している関係者の参考意見を求めた。その議論に基づいて、採点結果を再度検討し、全審査員の合議により、受賞者を決定した。今回初めて、二次審査でメール審議ではなく、オンライン審議を行ったが、双方向型の議論がしやすい点で優れているように思われる。ただし、能率のよい会議進行と十分な審議時間の確保が重要である。
本年度は4名の最大枠に対して、3名の候補者を決定したが、これは絶対評価と高い審査基準によるものである。今回、受賞に至らなかった候補者の研究のレベルは、非常に高いものが多く、今後の展開と再応募に強い期待が審査員から寄せられている。新規、再応募ともに来年度も、多くの方の推薦と応募があることを期待する。
受賞理由
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田村亮氏: 「機械学習による実験データからの有効モデル推定手法の開発」
Development of a method for estimating model parameters from experimental data by means of machine learning
実験データからモデルパラメータを推定することは,基礎物性研究や特性予測,新物質開発などにとって重要な役割を担っており,その効率や精度を高める手法の開発はそれらの研究の進展に大きく資すると期待される。田村氏は,情報科学の知見を基盤として,ベイズ推定を利用した機械学習を用いて実験データを最もよく説明するモデルパラメータを推定する手法を開発した。まず,ベイズ推定によりモデルハミルトニアンのパラメータを選定しその値を決めるための方法論を定式化し,古典スピン鎖の磁化過程の人工データを用いてその有効性を検証した。次に,計算コストの高い事後確率分布の最大化に,情報科学分野で注目されているベイズ最適化を用いた探索手法を提案し,イジングスピン系や量子スピン鎖などを用いた他の探索手法との比較によりその性能の高さを確認した。さらに,実験系への適用として低次元量子スピン系KCu4P3O12の高磁場測定で得られた磁化過程と帯磁率の実験データからスピンハミルトニアンの相互作用パラメータを推定し,そのハミルトニアンが実験データをよく再現することを示した。
一連の研究は,近年ますます重要視されてきているデータを用いたモデル推定や性質予言に関して,ベイズ推定を利用した手法に関する提案,改善,応用という一貫性のある研究として評価できる。より実用性が高まり新規物質開発などに利用できる手法にまで進展すれば,大きな成果となると考えられる。また,昨今よくある盲目的な深層機械学習の適用ではなく,物理的ハミルトニアンに基礎をおく機械学習による開発であるという点で,物理学と情報科学との境界領域研究としての重要性も高く,応用面のみならず学問的な意義も大きいといえる。よって氏の業績は,物理学会若手奨励賞に相応しい。 -
畠山哲央氏:「概日時計の特異な動的性質に関する理論研究」
Theoretical study on peculiar dynamical properties of circadian clocks
畠山氏の概日時計に関する一連の理論研究が受賞の対象となった。概日時計は、動物や植物、菌類、そしてバクテリアまで様々な生物に見られる約24時間周期の内因性の振動子であり、これによって生物の生理機能や行動などを日周に対して適応的に調整していると考えられている。概日時計において種を超えて普遍的に見られる性質として「温度補償性」がある。多くの化学反応は温度が10度上昇すると反応速度が2~3倍早まるのが一般的であるが、概日時計では温度を変えても約24時間周期をほぼ保つ。この特異な性質のメカニズムは半世紀以上に渡って未解決であり、生物学分野だけでなく物理学や化学などの広い分野で注目を集めている。畠山氏はこの問題に対して、シアノバクテリアの概日時計の数理モデルを構築し、理論的にメカニズムを解明することを試みた。シアノバクテリアの概日リズムを構成するタンパク質群は約24時間周期でリン酸化レベルを増減させることによって時を刻むが、これは試験管内でも実現し、依然、明確な温度補償性を示す。畠山氏はその数理モデルの解析で、異なる修飾状態にあるタンパク質の間で、その化学修飾に必要な酵素を取り合う事により、概日時計の温度補償性が生じ得るという新規のメカニズムを見出した。畠山氏の論文は温度補償性の研究に一石を投じ、実験と理論の双方の研究者から頻繁に引用されている。畠山氏は温度補償性以外についても、概日時計の持つ特異的な性質に触発された理論研究を行っており、概日時計の周期の頑健性と位相の応答性の間に互恵関係があることを発見した。また、酵素反応系において上述の酵素の取り合いが存在するとき、ガラス系と類似したスローダイナミクスが現れることを見出した。
総じて、畠山氏の研究は、実在する複雑現象に対してモデリングと解析を高いレベルで行い、領域11の若手奨励賞にふさわしい独創的な成果をあげている。今後は実験研究者と協働し、さらに高いインパクトを持つ研究を打ち出していくことを期待する。 -
濱崎立資氏:「孤立および開放量子多体系における熱平衡化過程の研究」
Studies on thermalization processes of isolated and open quantum many-body systems
マクロな熱現象を記述する統計力学の基礎原理を、ミクロな量子力学の世界から考察する研究が近年盛んである。冷却原子などを使って関連する実験が可能になったことがその理由にあげられる。また、冷却原子実験に伴う、量子観測を含む広い意味での量子散逸も重要な研究テーマになっている。
濱崎氏は、これらのテーマにおいて、先駆的な研究を精力的に行ってきている。統計力学の原理に関する初期の仕事として、1929年になされたフォン-ノイマンの研究がある。フォン-ノイマンは、マイクロカノニカルシェル内のエネルギー固有状態と物理量の固有状態が、ハール測度に関して、互いにランダムな方向を向くという仮定をして熱平衡化のシナリオを提唱した。このシナリオは物理の一端を十分に捉えているが、濱崎氏は、論文1においてこの仮定が現実的な系を考えた場合に厳密な意味では成立しないことを数学的に示した。
また、論文2では、熱平衡化をしない代表的な物理的な系として、多体系での局在現象を示す系を研究している。この現象を解析的に研究することは一般に困難であり、数値計算を用いなければならない。濱崎氏は、多体系の局在現象を非エルミートハミルトニアンから解析する数値計算手法を提案している。これまで、1粒子系の局在(アンダーソン局在)現象に対しては、非エルミートハミルトニアンによる解析は既になされていたが、濱崎氏の解析方法は、それからの自然な拡張と言える。
さらに、論文3では、散逸のある量子多体系を記述するランダム行列に対して、これまでに知られていなかった新しい普遍クラスがあることを数値的に示した。
このように、濱崎氏の研究は、既存の理論の修正や検証にとどまらず、新しい物理を開拓する精力的なものであり、当該分野において高く評価されるべきである。国内外での論文に対する評価も高く、これからのさらなる活躍が期待される。以上のことから、濱崎氏の業績は若手奨励賞に十分に値すると評するものである。
授賞式
第76回年次大会において領域11の若手奨励賞授賞式・受賞記念講演がオンライン(Zoom)で実施され、活発な議論が行われました。
日本物理学会 領域11