第6回若手奨励賞(領域11)
受賞者の発表
2011年6月会告に従って、第6回若手奨励賞(領域11)の募集を行い、同年8月6日に締め切りました。申し合わせに従って設置された領域11の審査委員会による厳正な審査の結果、応募の中から下記の4名の候補者が選考され、同年10月の理事会で受賞者として承認されました。ここで、その受賞を祝福するとともに、領域11関係者に公示致します。なお、対象論文などの情報については、物理学会の若手賞のWebサイトをご覧ください。
受賞者 | 受賞題目 |
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大関真之氏(京都大学大学院情報学研究科システム科学専攻) | スピングラスの理論 |
佐藤純氏(お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科) | 1次元量子XXZ模型の相関関数に関する厳密計算 |
竹内一将氏(東京大学理学系研究科 物理学専攻) | 非平衡普遍法則の実験的検証 |
鳥谷部祥一氏(中央大学理工学部 物理学科、現在、Faculty of Physics, Ludwig-Maximillians-Universität München) | 非平衡状態におけるゆらぎの測定と熱力学関係式の検証 |
審査経過報告
領域11における審査は、領域代表が指名した9名の審査委員により、メールを用いて行われた。審査委員は、領域11が対象とする非常に幅広い分野をカバーするべく選ばれた研究者達である。うち1名が審査委員長を務め(審査委員長については領域代表が指名)、選出の取りまとめに当たった。本領域の若手奨励賞の応募は2011年8月6日に締め切られた。審査手順は次の手順で行われた。最初に各応募者に対して委員長が審査委員9名の中から指名したそれぞれ2名が査読者として原著論文を独立に査読し、その内容と評価に関して査読レポートを作成した。この査読レポートは審査委員全員に配布された。各審査委員は、各応募者毎2通の査読レポートを参考に、応募者全員の資料に基づいて候補者選定に当たった。一定のメール討議期間を設けた後、最終的に、各審査委員が5~1点で応募者の点数評価を行い、その点数の合計点で上位4名の受賞候補者を決定した。 領域11の範囲は幅広く、その中には応募者が出ていない分野も見られる。今後、より幅広い分野からさらに多数の応募があることを期待したい。
受賞理由
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大関真之氏: 「スピングラスの理論」
大関真之氏はスピングラスのゲージ理論を発展させ,他の手法では得られない重要な知見を多数導いた。まず,レプリカ法と双対変換を組み合わせて多重臨界点の位置を決める従来の方法を大幅に改善し,漸近的に厳密解に至ると思われる系統的な手法を考案した。その方法を正方格子上のスピングラスの多重臨界点などの具体的な問題に適用し,非常に精緻な結果を導出した。従来は大規模な数値計算でしか明らかにできなかった多重臨界点の正確な位置情報を,解析計算で系統的に求める手法を開発した意義は計り知れない。そして,その方法を対称分布を持つ2次元スピングラスに適用して,スピングラス転移が存在しない強い証拠を得た。これも,数値計算の独壇場に解析的理論で挑んで得られた重要な成果である。さらに,非平衡等式をゲージ対称性と組み合わせてスピングラス模型に適用することで,一見全く無関係の物理量の間に成立する非自明な恒等式を多数導き,今後の応用への道を開いた。
これらの成果は,極めてユニークな解析手法によって得られた際だった業績である。単著もふくめて,審査の対象となる論文すべてで筆頭著者として主導的な役割を果たした大関真之氏は,日本物理学会若手奨励賞の対象として誠にふさわしい。 -
佐藤純氏: 「1次元量子XXZ模型の相関関数に関する厳密計算」
佐藤純氏は、量子ハイゼンベルグ鎖の2点相関関数に関する厳密な評価方法を世界に先駆けて導入し発展させてきた。 第一の論文(JPSJ(2004))において量子XXZ鎖の磁場下での動的構造因子の数値評価方法を与え、第二の論文(NPB(2005))において絶対零度にある量子XXX鎖の相関関数の厳密な計算方法とその結果を8格子間隔までの距離に対して与えた。これらの成果を一つの足掛かりとして、第三の論文(PRL(2011))において、有限サイズの量子XXX鎖の2点相関関数と、無限長の量子XXX鎖の有限温度での2点相関関数の厳密評価を実施し、成功した。
佐藤氏の方法論の特徴は、第二の論文(NPB(2005))において垣間見ることが出来る。相関関数を評価可能とする解析的方法として、その母関数を極めて巧妙に導出して求めた。残る数値的処理はゼータ関数の評価のみと言えるまで手続きが簡略化され、結果として他の数値手法では到達し得ない決定精度で量子系の多点相関関数を導いた。
第三の論文の結果は物理学上に現れたいくつかの厳密解の発見が見せてきたような「インパクト」を持っている。特に、導かれた事実の波及効果に注目すべきである。量子ハイゼンベルグ・スピン鎖の近距離相関関数の厳密解が得られたことによって、広く妥当性が信じられている共形場の理論の適用範囲を質的に見直すことが必要となるに至った。 さらに、エンタングルメント・エントロピーの温度依存性が、任意の温度において決定されうることが示された。これらの事実は、こうした理論模型における物理量の厳密な決定が、多体系の量子力学に対する我々の理解を質的に変えていく契機を再び与えることを、鮮明に示唆する。このような量子論の真の発展を評価するためには、従来の理論模型が再検討された、という表面的な解釈から一歩進める必要がある。すなわち、「一般の市民でもある評価者」が全く異なる次元の理解、即ちこの発見を契機とする物理学上の発展が、現在・将来に渡って発生しつつあることを体感していなければならない。 以上のように佐藤氏の研究業績は見事であり、日本物理学会若手奨励賞にふさわしいと結論した。 -
竹内一将氏: 「非平衡普遍法則の実験的検証」
竹内一将氏は、directed percolation の臨界的性質、および、界面成長における界面幅のゆらぎの分布について、それぞれ決定的な実験を行い、法則の普遍性を確立した。
前者のテーマであるdirected percolationは、理論や数値実験の膨大な研究にも関わらず、それに対応する明快な実験がなかった。そこで、「directed percolation を示す実験系を構築せよ」という未解決問題が提示されていた。多くの挑戦が完全解答に至れない状況に対して、竹内氏は誰もが満足しうる結果に到達した。
後者では、可解格子模型で近年研究されてきた高度に数学的な分布関数がテーマである。可解模型の研究者グループの範囲で急速に進展した問題に対して、それが数学だけで閉じていないことを他に先駆けて鮮やかに示し、分布関数レベルの普遍性が確かに存在することを、実験により示した。問題設定自体がきわめて独創的であり、可解模型研究の最新成果と実験による可能性の両方を熟知しないと問題を認識することさえも不可能である。そして、竹内氏は、その問題に対して明快な実験結果を得ることにより、分布関数レベルの普遍性が確かに存在することを明示した。
これらは、問題の背景の理解、理論的状況の把握、実験の実行、実験データの処理の全てにおいて極めて高いレベルに達しているからこそ成し遂げられた成果である。そしてこの研究成果は、非平衡相転移、非平衡統計力学、数理物理の各分野に大きな影響を与えている。 以上により、竹内一将氏は日本物理学会若手奨励賞にふさわしい。 -
鳥谷部祥一氏: 「非平衡状態におけるゆらぎの測定と熱力学関係式の検証」
鳥谷部祥一氏の以下の3論文が審査され、その一連の研究が若手奨励賞受賞の対象となった。
第1論文(PR. E ,2008)は、ポリスチレン微小球を用いた非平衡系を作成し、熱平衡状態並びに非平衡状態の揺らぎの性質を広い周波数帯(10-1<ω<10-3)において計測し、微小球の運動が記憶項をもつランジュバン方程式で良く記述できること、および非平衡状態における理論結果(Deutsch & Narayan , 2006)をほぼ完全に支持できることを実験で明確に示した優れた成果である。第2論文(PR. Letts ,2010)は、ATP加水分解によって回転する生体高分子F1-ATPaseにダイマー粒子を付けた微小非平衡系を作成し、ATP、ADP、Pなどの濃度や、外部からの力学的負荷をかけてこの回転粒子系から仕事を取り出す効果や熱輸送量を詳しく計測している。平衡状態で搖動散逸定理が成立していることを確かめた上で、回転発生の非平衡状態の揺らぎの測定量の関係から、ATPの化学エネルギーがほぼ広い条件下で100%回転の自由度(揺らぎも含め)に輸送されているという注目すべき主張をしている。高い効率を持つ生体分子系機能を非平衡定常状態の統計法則の観点から明らかにした優れた成果である。第3論文(Nature phys .,2010)は、ダイマー粒子の回転ブラウン運動の実験系を作成し、回転方向に振動しながら一定の割合で増加するポテンシャル場を印加することによって非平衡状態を実現している。振動場を外からフィードバックコントロルすることによって、温度一定の熱揺らぎから仕事を生み出す過程を詳しく計測し、自由エネルギーと仕事の差がフィードバックの際に用いられるシャノン情報量で押えられるという拡張ジャルジンスキ関係式が成立していること、また情報量からエネルギーへの変換効率に最大値があるという重要な結果を述べている。これらはマックスウェルデーモンに関するシラードモデルをより具体化し、マクロ情報量と熱力学量の関係を定量的に示す優れた成果である。
これら一連の論文は、近年の微小系非平衡熱力学の活発な進展と1分子計測の進歩に密接に関係して進められた高いレヴェルの実験成果となっている。今後の発展、再検証や追試に待つべき点を含みながらも、それでもこれらの研究は若手奨励賞に相応しい果敢な挑戦と言える。それぞれの論文の目的がユニークな精密計測によって明確に達成されている点とともに、一連の結果が統計力学の基礎的課題や生体分子システムの理解に向けた将来の展望と視野を大きく開いた点が非常に高く評価された。よって、日本物理学会若手奨励賞にふさわしいと結論した。
日本物理学会 領域11