若手奨励賞
日本物理学会では、将来の物理学をになう優秀な若手研究者の研究を奨励し、 日本物理学会をより活性化するために若手奨励賞を設けています。第20回日本物理学会若手奨励賞受賞者(領域11)
受賞者の発表
2025年6月の会告にしたがって,第20回日本物理学会若手奨励賞(領域11)の募集を行い,同年7月14日に締切りました.若手奨励賞領域11内規にしたがって設置された領域11の審査委員会による厳正な審査の結果,応募者の中から下記の2名の候補者が選考され,同年10月の物理学会理事会で受賞者として承認されました.ここでその受賞を祝福するとともに,領域11関係者に公示いたします.なお,対象論文などの情報については, 物理学会の若手賞のWebサイトをご覧ください.
| 受賞者 | 受賞題目 |
|---|---|
| 姫岡 優介 (東京大学 大学院理学系研究科) | 生命と非生命の差異の解明に向けた理論研究 |
| 吉田 博信 (理化学研究所 開拓研究所) | SU(N)ハバード模型の基底状態と開放量子多体系の定常状態における厳密な結果 |
審査経過報告
本年度の領域11若手奨励賞は、2025年7月14日の締切までに応募のあった5名の候補者について厳正な審査を行い、2名への授賞を決定した。審査は、領域代表が指名した9名の審査委員によって行われた。審査委員は領域11が対象とする広範な分野をカバーするべく、異なる専門を持つ研究者から選出されている。うち1名が審査委員長を務め、審査の取りまとめに当たった。審査手順は以下の通りである。まず各候補者について、共同研究や過去の指導教員など関わりが深い委員を「関係者」と定義し、委員長の求めに応じて参考情報を述べる以外は、当該候補の審査に加わらないこととした。審査は二段階で行った。まず一次審査では各候補者について、審査委員長が指名した 3名が審査対象論文を審査し、業績の独創性や候補者の貢献度を勘案して絶対評価による採点を行い、査読レポートを作成した。一次審査の査読レポートおよび採点の集計結果はあらかじめ審査員全員が閲読した上で、二次審査をオンライン会議で行った。二次審査においては、各候補者に関する担当審査員3名が意見を述べた後で、閲読結果の内容について審議を行った。その議論に基づいて採点結果を再度検討し、全審査員の合議により受賞者を決定した。
本年度は2名の候補者を決定したが、今回、受賞に至らなかった候補者の研究の中には高いレベルのものも含まれており、今後の展開に強い期待が審査員から寄せられている。来年度も、新規だけでなく再応募も含めた多くの方からの応募と推薦を期待する。
受賞理由
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姫岡 優介:生命と非生命の差異の解明に向けた理論研究
Theoretical research towards elucidating the difference between life and non-life生命と非生命の本質的な差異は何によるものなのか?この問いは、科学における極めて重要な問題のひとつであるが、その数理的な特性はほとんど明らかにされていなかった。姫岡氏は、まず、細胞が増殖しない代わりに死ににくい休眠状態に着目し、休眠を含む4つの典型的な成長相とその間の遷移を示すミニマルモデルを初めて提案した。飢餓環境に晒された細胞の富栄養環境での増殖再開までにかかる遅延時間が飢餓時間の平方根に比例するスケーリング則を数値的および解析的に導き、生物実験との一致を確認した。加えて、大腸菌の代謝反応ネットワークの構造と反応特性を反映した動力学モデルを用いた数値計算から、同様な休眠状態が無益回路などに起因することを同定した。さらに、死を『どのように遺伝子発現レベルと外部環境を制御しても、あらかじめ定めた「生きている状態」に戻れない状態』と操作論的に定義した。符号制約付き大域非線形制御問題の理論構築により、生と死の境界を代謝モデルの詳細にあまり依存しない形で定量化に成功し、「三途の超界面」として提案した。姫岡氏が予測した休眠状態の時間特性やそれが起因する回路は、様々な生物実験で観察されている。極めて長い時間スケールを持つ休眠状態と指数関数的な細胞増殖を両立させるメカニズムは非自明であり、有用な現象論として評価できる。また、大腸菌の中心代謝経路が摂動により大きな応答を示すことも数値計算から発見し、ATPなど補酵素がこの不安定性の起点となることを同定した。正と死の境界や休眠状態を始めとする一連の理論的予測と生物実験との対応が確立されれば大きな重要性を持つと期待できる。これらの成果は、生と死の状態の境界や遷移や安定性という生命の根本的問題を代謝モデルに基づいて数理的に理解・実測する基盤を与え、野心的で、高い独創性と学際性を合わせ持つと認められる。よって姫岡氏は物理学会若手奨励賞に相応しい。
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吉田 博信 :SU(N)ハバード模型の基底状態と開放量子多体系の定常状態における厳密な結果
Rigorous results of the ground state in SU(N) Hubbard model and steady states of open quantum many-body systems量子多体系とは、量子的な粒子の間の相互作用によって、非自明な基底状態や平衡状態を実現し得る多体系のことである。量子多体系の理解は、磁性や超伝導などの物理現象の微視的理解に必要不可欠である一方、量子多体系を理論的に扱う際には、多くの場合、近似的手法を使わざるを得ない。そのために厳密な結果は、それ自体が与える知見のみならず、他の近似手法の妥当性の判定に用いることができる点で重要である。吉田氏は、共同研究者の桂法称氏と共に、SU(N)引力ハバード模型と呼ばれる、SU(N)の内部対称性を持つフェルミオンが同一サイト内で引力相互作用する格子模型の基底状態の縮退度や、内部自由度に関する量子数に関する定理を証明した。さらに、別の論文(桂氏と共著)では、SU(2)ハバード模型で知られているηペアリング状態を拡張し、格子模型上でN 粒子密度行列が非対角長距離秩序を持つ状態を構成した。吉田氏らは、この状態が一次元のSU(N)ハバード模型にN-1体のホッピング項を加えた模型の固有状態になっていることを示し、また本状態が基底状態になる模型を構成した。 さらに吉田氏は、最近の単著論文において、開放量子多体系の定常状態に関する厳密な結果を発表している。開放量子多体系とは、外部の環境と相互作用する量子多体系のことである。外部との相互作用によって引き起こされる散逸により、十分時間が経つと、系は定常状態に緩和する。吉田氏は、Gorini-Kossakowski-Sudarshan-Lindblad 方程式の定常状態の一意性の判定方法と、その初等的な証明方法を示した。この判定法は、既存の方法に比べ、この判定方法は定常状態に関する事前知識が必要なく、証明が簡潔である。 SU(N)ハバード模型は冷却原子系で実現し得ることが示されて以来、この模型の理解は実験との関連においてその重要性が増している。開放量子多体系に関する成果は、近年の量子系の緩和現象への関心の高さの点でも重要性が認められる。これらの一連の成果は、注目度の高い量子多体系の性質を厳密な結果に基づいて明らかにするものであり、若手奨励賞に相応しい。
授賞式
2026年春季大会において領域11の若手奨励賞授賞式・受賞記念講演がオンラインにて開催される予定です.
日本物理学会 領域11