第5回若手奨励賞(領域11)
受賞者の発表
2010年6月会告に従って、第5回若手奨励賞(領域11)の募集を行い、同年8月4日に締め切りました。申し合わせに従って設置された領域11の審査委員会による厳選な審査の結果、応募の中から下記の3名の候補者が選考され、同年10月の理事会で受賞者として承認されました。ここで、その受賞を祝福するとともに、領域11関係者に公示致します。なお、対象論文などの情報については、物理学会の若手賞のWebサイトをご覧ください。
受賞者 | 受賞題目 |
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沙川貴大氏(東京大学理学系研究科) | フィードバック制御がある系の情報と熱力学の展開 |
桂木洋光氏(九州大学大学院総合理工学研究院融合創造理工学部門) | 粉体および脆性固体の変形・破壊実験 |
有田親史氏(九州大学大学院数理学研究院) | 多成分の一次元非対称排他過程の厳密解 |
審査経過報告
領域11における審査は、領域代表が指名した9名の審査委員によりメールを 用いて行われた。審査委員は領域11が対象とする非常に幅広い分野をカバーするべく選ばれた方々である。うち1名が領域代表より」指名され審査委員長を務め、候補者選出の取りまとめに当たった。本領域の今年度の若手奨励賞の応募は2010年8月4日に締め切られた。その後、審査委員が作成した応募者のレフェリーレポートをもとに2段階で審査が行われ、最終的に審査委員長を除く8名の審査委員全員によるメール投票をおこない、本領域から3名の授賞候補者を決定した。なお、審査委員から授賞候補者の評価基準、応募者・推薦者の分野配分、選に漏れた応募者の将来の取り扱いなど領域11として今後の推薦者審査にあたり煮詰める事項の提案があったので、領域11代表に伝え、然るべき時期に領域内で討議していただくように領域代表に要請した。
受賞理由
- 沙川貴大氏 : 「フィードバック制御がある系の情報と熱力学の展開」
マックスウェルのデーモンとして古くから知られているように,フィードバック制御が存在する熱力学系においては伝統的な熱力学の関係式の成立条件について深い考察が必要になる。沙川氏は,近年めざましい進展を遂げている量子測定理論や非平衡系の揺らぎの定理などの知見に基づいて,熱力学と量子情報・測定理論の境界分野に新たな地平を開いた。特に,等温過程において系から取り出せる仕事の上限が自由エネルギーの変化で与えられるという熱力学の不等式を拡張し,フィードバック制御により得られる情報量が自由エネルギー変化に付け加えられることを示した。また,熱力学系から情報を消去ないし測定するための仕事に関するランダウアーの公式を拡張するとともに,非平衡統計力学における基本公式の一つであるジャルジンスキー等式にフィードバック制御の項を付加した新たな等式をも定式化した。以上の各成果において新たに付け加えられた項はマクロなスケールの物理量に比べると微小であるが,注意深い実験的検証がなされている。
これらの成果はいずれも,熱力学と情報の関係について残っていたいくつかの曖昧さを明瞭に解消した極めて興味深い研究である。数多くの分野にまたがる幅広い知見を独力で総合して達成できた学際的な成果であり,今後さらなる活躍が大いに期待できる。物理学会若手奨励賞として誠にふさわしい。 -
桂木洋光氏 : 「粉体および脆性固体の変形・破壊実験」
衝突あるいは爆発による粉体や脆性固体の変形や破壊現象は、地球物理や惑星科学の分野でも研究の歴史は長いが、近年、複雑物性あるいはソフトマター物理に関連して物理学の分野でも興味がもたれている。桂木洋光氏はここ数年、粉体媒質および脆性固体に衝撃を与えた際に生じる現象について、独自の視点に基づいて実験的研究を行ない、特に、簡便な実験方法を工夫して高精度の測定を実現することにより、このような現象について、いくつかの重要な発見をした。
なかでも、(1)粉体媒質に水滴を衝突させた場合にできるクレータの生成条件とその形状を分類し、クレータの大きさに関するスケーリング則を見出したこと、(2)粉体媒質に固体弾を衝突させた場合に固体弾が受ける抵抗力が、速度の二乗に比例する慣性抵抗と固体弾の沈降深度に比例するクーロン摩擦の和で表現できることを示したこと、(3)爆発破壊による破砕片の質量分布を測定し、爆発および衝撃破壊どちらの場合でも統一的に表現できるスケーリング則を見出したことなどは、物理学及び関連する分野に新たな知見を与えるものであり、物理学会若手奨励賞にふさわしい成果である。 -
有田親史氏 : 「多成分の一次元非対称排他過程の厳密解」
1次元非対称単純排他過程(Asymmetric Simple Exclusion Proess, ASEP)とは、1次元格子上を排除体積をもつ粒子がランダムに移動していく離散的確率過程の模型であり、非平衡状態における動的振る舞いを記述することを主な目的として導入された。十数年前にデリダ達によってその非平衡定常状態を導く「行列積の手法」という代数的解法が提案されて以来、特に欧米で注目されてきた。単純化された模型ではあるが、非平衡系の性質が厳密に調べられる利点がある。粒子の種類が複数(多成分)の場合に厳密解を導くことは多くの研究者によって試みられたが、容易には解決できない難問である。ところが最近、有田氏によって2成分の場合の厳密解が導かれ(2006)、さらに同氏と共同研究者達によって、多成分の場合に対してASEPを記述するマスター方程式の時間発展演算子(ハミルトニアン)の一般的性質が明らかにされた(2009)。これは長年の難問を解決した素晴らしい業績である。有田氏は単著論文(2006)において、2種類の粒子のASEPの非平衡定常状態を行列積の解法を用いて厳密に求め、そして2成分系の非平衡定常状態の相図を導いた。共著論文(2009)では多種類の粒子の場合が考察され、ベーテ仮設の方法を用いて緩和時間や動的臨界指数が決定された。さらに、多成分系の時間発展演算子のスペクトルに特有な新しい双対性が見出された。これらの有田氏の研究業績は国際的にも非常に高く評価されている。今後、研究の進展とともに次第にその物理的応用も広がっていくと期待される。以上の理由により、若手奨励賞にふさわしい研究業績であると結論できる。
日本物理学会 領域11