第7回若手奨励賞(領域11)
受賞者の発表
2012年6月会告に従って、第7回若手奨励賞(領域11)の募集を行い、同年8月7日に締め切りました。申し合わせに従って設置された領域11の審査委員会による厳正な審査の結果、応募の中から下記の3名の候補者が選考され、同年10月の理事会で受賞者として承認されました。ここで、その受賞を祝福するとともに、領域11関係者に公示致します。なお、対象論文などの情報については、物理学会の若手賞のWebサイトをご覧ください。
受賞者 | 受賞題目 |
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大槻 道夫氏(青山学院大学理工学部) | 剪断粉体のジャミング転移 |
古川 俊輔氏(東京大学 理学部 物理教室) | 量子多体系におけるエンタングルメント・エントロピーの研究 |
宮崎 淳氏(電気通信大学先端超高速レーザー研究センター) | 非線形非平衡系に関する実験的および理論的研究 |
審査経過報告
領域11における審査は、領域代表が指名した9名の審査委員により、メールを用いて行われた。審査委員は、領域11が対象とする非常に幅広い分野をカバーするべく選ばれた研究者達である。うち1名が審査委員長を務め(審査委員長については領域代表が指名)、選出の取りまとめに当たった。本領域の若手奨励賞の応募は2012年8月7日に締め切られた。審査手順は次の手順で行われた。最初に各応募者に対して委員長が審査委員9名の中から指名したそれぞれ2名が査読者として原著論文を独立に査読し、その内容と評価に関して査読レポートを作成した。この査読レポートは審査委員全員に配布された。各審査委員は、各応募者毎2通の査読レポートを参考に、応募者全員の資料に基づいて候補者選定に当たった。一定のメール討議期間を設けた後、最終的に、各審査委員が5~1点で応募者の点数評価を行い、その点数の合計点で上位3名の受賞候補者を決定した。領域11の範囲は幅広く、その中には応募者が出ていない分野も見られる。今後、より幅広い分野からさらに多数の応募があることを期待したい。
受賞理由
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大槻道夫氏: 「剪断粉体のジャミング転移」
粉体など内部自由度が十分にある要素が衝突すると、重心に対するエネルギーは散逸する。このような散逸粒子多体系の振る舞いは標準的な流体とは全く異なる様相を示し、その豊かな現象の全貌を整理するだけでも未だ挑戦的課題である。近年、このような系の高密度状態において「集団的に運動が停止する転移」に焦点があてられている。この現象はジャミング転移とよばれ、そこに普遍的な法則を見出そうとする研究が活発になっている。 そのもっとも簡単な場合として、相互接線摩擦が無視できる散逸粒子の集まりが詳しく調べられている。この集団に剪断応力を加えると低密度領域では流れが生じるが、密度がある臨界値を超えると有限の応力のままずり率ゼロの極限が実現する。そして、臨界密度の直上およびその近くでは、あたかも臨界現象が生じているかのように、さまざまな臨界指数によってその振る舞いが特徴づけられる。 大槻氏の顕著な業績は、そこに関わる全ての臨界指数をいくつかの現象論的考察を組み合わせることで決定したことにある。得られた値は数値実験の結果ともよく一致している。特に、その指数の値が粒子間相互作用の関数形に依存するなど、通常の臨界現象とは違った側面も明らかにしている。さらに大槻氏は、その美しい結果が相互接線摩擦の影響によってどのように変更されるかについて調べ、摩擦係数がある値を超えたところで顕著な履歴依存性が生じることを見出した。現実の粉体では接線摩擦が存在するので、実験によって観測される現象を実験に先駆けて予言したことは意義深い。 以上のように、大槻氏は、散逸粒子多体系の集団的振る舞いの理解に大きく寄与した。その業績は高く評価されるもので、若手賞にふさわしいと判断される。
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古川俊輔氏: 「量子多体系におけるエンタングルメント・エントロピーの研究」
近年、エンタングルメント・エントロピー(EE)は、古典的なアナロジーを持たない量子力学的基底状態の振る舞い(量子的なもつれ)を特長付ける基本的な量として、量子情報科学ばかりでなく、物性物理の分野でも活発に研究され、トポロジカル相や量子臨界系の解析において有用な量であることが明らかにされている。古川俊輔氏は、EEの量子多体系研究への応用について、国際的にもよく知られた研究成果を上げ、この新しい分野の発展に大きく貢献してきた。 古川氏は、2006年にKitaevらが予言した、量子多体系のトポロジカル相を特長づける普遍的定数項であるEEの存在を、翌2007年に確認した。具体的には、三角格子上の量子ダイマー模型を大規模数値計算によって詳細に調べ、そのZ2トポロジカル秩序相に期待されるEEの存在を世界でもいち早く実証したもので、この研究は、EEによるトポロジカル相研究の走りとなった。 古川氏は、EEによる量子臨界系の研究においても独創的な成果を上げている。一次元量子臨界系ではEEに共形場理論のセントラル・チャージが現れることは知られていたが、古川氏は、異なる空間領域が指定されて定まる二つのEE の比較(相互情報量)から共形場理論のより詳しい情報が得られることを示した。特に、朝永・Luttinger流体(TLL)の相互情報量は、いわゆるTLLパラメーター(ボゾンのコンパクト半径R)のみによって普遍的に定まることを数値的・解析的に鮮やかに示した。この結果は、それまで見逃されていたEEと共形場理論とのより深い関係を明らかにしたものとして高く評価されている。古川氏は、この成果を踏まえ、EEの高次元量子臨界系への応用に糸口をつけるべく、まず、二本のTLLが結合した系に対し、境界のある共形場理論の厳密な計算を行い、さらに、多数のTLLを結合した二次元量子臨界系の議論を進めている。 以上のように、古川俊輔氏は、トポロジカル相から量子臨界系までにまたがる幅広い対象において、エンタングルメント・エントロピーが如何に系の普遍的性質と結びついているかを明確に示す、重要かつ先駆的な研究を行ってきた。上述の研究はテーマごとに異なる外国人研究者を含む共同研究であり、しかも、それらの研究の流れには「EEによる量子多体系の研究」で一貫したものがある。このような古川氏の業績は、日本物理学会若手奨励賞の対象として大変相応しいと考える。
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宮崎 淳氏: 「非線形非平衡系に関する実験的および理論的研究」
受賞に際しては化学反応系および量子ドット格子系を対象とした非線形非平衡系のダイナミクスに関する一連の研究が高く評価された。まず、非線形振動子の結合系に対して、位相記述した場合の結合関数を時系列から推定する方法を理論的に提案し、良く知られた Belousov-Zhabotinsky (BZ)反応を用いて実験的に実証した。提案された方法は他の振動現象にも適用可能であり、当該分野に与えた影響は大きい。続いて、同じく BZ 反応系を用い、筒状の化学反応槽と撹拌子を組み合わせることで拡散係数の制御された非一様性を作り出し、その非一様性が化学パルスの通過・停止・発生など非自明で多彩な動的挙動を引き起こす効果を実験的に示した。従来の研究の多くが一様な拡散係数を持つ系を対象としていた中で先駆的であったと言えよう。宮崎氏は、量子光学系の実験にも取組み、量子ドットの配列に対して励起する量子ドットの大きさを選択した場合に観測される励起子のダイナミクスを論じている。ここでは、新しいデータ処理法の導入とレート方程式型のシミュレーションと組み合わせた解析法が評価された。 いずれの研究も、よく工夫された実験系から得られた知見に基づいているが、宮崎氏はそれだけでなく理論解析や数値シミュレーションを行なうことで、非線形非平衡現象の深層的理解に切り込んでいる。今後も、単に理論解析のための実験ではなく、非線形非平衡系に関する様々な研究を質的に進展させる実験を行なう研究者として、さらなる飛躍することが期待される。以上より、宮崎淳氏は若手奨励賞を受賞するのにふさわしい。
授賞式
第68回年次大会において領域11の若手奨励賞授賞式が行われました。 今回は大槻 道夫氏(青山学院大学理工学部)、古川 俊輔氏(東京大学 理学部 物理教室)、 宮崎 淳氏(電気通信大学先端超高速レーザー研究センター)の 3名が受賞され、その受賞講演もあわせて行われました。
第7回若手奨励賞(領域11)受賞者の皆さん
大槻道夫氏(青山学院大学理工学部)
古川俊輔氏(東京大学 理学部 物理教室)
宮崎淳氏(電気通信大学先端超高速レーザー研究センター)
日本物理学会 領域11