第11回若手奨励賞(領域11)
受賞者の発表
2016年6月の会告にしたがって,第11回若手奨励賞(領域11)の募集を行い,同年7月26日に締切りました.若手奨励賞領域11内規にしたがって設置された領域11の審査委員会による厳正な審査の結果,応募者の中から下記の2名の候補者が選考され,同年10月の物理学会理事会で受賞者として承認されました.ここでその受賞を祝福するとともに,領域11関係者に公示いたします.なお,対象論文などの情報については,物理学会の若手賞のWebサイトをご覧ください.
受賞者 | 受賞題目 |
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伊藤創祐(東京工業大学大学院理工学研究科 (日本学術振興会特別研究員 PD)) | 情報熱力学の展開と生体系への応用 |
齊藤国靖(東北大学原子分子材料科学高等研究機構 (AIMR)) | 粉体の巨視的挙動の非平衡統計物理学的アプローチによる解明 |
審査経過報告
本年度の若手奨励賞は、応募期間延長の上、2016年7月26日に応募が締め切られた。領域11の広い分野から応募があり、厳正な審査の結果、以下の2名への授賞を決定した。受賞内容は、それぞれ、情報熱力学および粉体の挙動に関するものであり、ともに非平衡統計物理学の基礎に関わる研究分野でありながら、生命科学や工学との融合も見込まれる内容であり、領域11の拡がりを端的に示すものである。
審査は、領域代表が指名した9名の審査委員により行われた。審査委員は、領域11が対象とする幅広い分野をカバーするべく選ばれた研究者達である。うち1名が審査委員長を務め選出の取りまとめに当たった。審査手順は次の2段階に分けて行われた。一次審査では、各応募者に対して委員長が審査委員9名の中から指名した3名が審査対象となる原著論文を査読し、業績の重要性や独自性、応募者の貢献度などに言及したレポートを作成した。この査読レポートは審査委員全員に配布され、査読レポートをもとに、審査員全員がメールによる討議を継続的に行い、各候補者に対する評価を深化させていった。一定日数の討議期間を設けた後、討議を打ち切り、全審査委員が全応募者に対して1~5点の0.5点刻みの絶対評価を各自独立に行った。その際、一定以上の点数を奨励賞に価するものと予め設定し、得られた点数の平均点が基準点に達した応募者が受賞人数上限の4名を越えない限りこれらの応募者を受賞者とした。なお、一次審査、二次審査とも、審査員の中に応募者の共同研究者・指導教員などが含まれている場合は「関係者」と認定し(委員長の求めがあれば参考意見を述べる以外は)審査には参加しないことを事前に取り決め、それに従った。
本年の受賞者は領域11の受賞人数上限の4名に達しなかったが、それは、上に記したように、あらかじめ受賞基準を明確に設定して、第一次審査後の審査委員全員の討議を参考に、二次審査で各候補者の絶対評価を行ったためである。
しかしながら、受賞を逃した候補者のレベルも十分高く、今後の研究の進展が大いに見込まれる者やわずかな差で基準点に至らなかった者もいる。すなわち、次回以降の受賞が期待できる潜在的受賞が複数いたことも強調しておきたい。また、領域11の研究分野は幅広く、その中には応募者が出ていない分野も見られる。今後、より幅広い分野からさらに多数の応募があることを期待したい。
受賞理由
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伊藤創祐氏: 「情報熱力学の展開と生体系への応用」
熱・統計力学と情報との深い関連は、以前より示唆されていたが、近年の情報熱力学と呼ばれる分野の確立に伴いその理解に大きな進展があった。伊藤氏は、この新分野に大きな発展をもたらし、自ら提案した新しい定式化を生体系に応用し興味深い結果を見出した。
伊藤氏はまず、フィードバック制御系における揺動散逸定理の破れの研究に取り組み、原田・佐々関係式として知られる揺動散逸定理の破れを測定誤差のあるフィードバック系に拡張し、揺動散逸定理の破れと、測定によって得られる相互情報量の間に不等式が成立することを示した。この不等式は、フィードバック制御系における測定によって得られた情報によって揺らぎを抑制し系を「冷却」する際の「冷却限界」を与える点で興味深い。
伊藤氏はまた、グラフ表現に基づく「因果ネットワーク」上での情報熱力学の定式化を行った。因果ネットワークは、多数の部分系がそれぞれ揺らぎを持つ複雑な系を表現可能であり、伊藤氏の定式化によって情報熱力学の適用範囲が飛躍的に拡大した。また、因果ネットワーク上の部分系におけるエントロピー生成は、他の部分系との間の「情報の流れ」によって制限されるという、一般性が高く美しい結果を導いており、この研究によって情報と熱力学の関連についての理解が一段と深まったといえる。本研究は国際的にも多数の研究者に注目されており、情報熱力学の展開に既に大きな影響を与えている。
最近、伊藤氏は上述の「因果ネットワーク」上での情報熱力学の定式化を、大腸菌の走化性シグナル伝達系に応用した。走化性とは、生物が周囲の化学物質の濃度勾配に依存して方向性を持った生体機能の基本的な行動をさす。伊藤氏は、大腸菌において化学物質の濃度を検知するレセプターと酵素を含めたセンサーのモデルについて、フィードバック制御系として扱うことで外界からのノイズに対するセンサーの応答の安定性を新たに導入し、これが熱力学における熱吸収率に対応する、情報熱力学において基本的な量であることを示した。また、走化シグナル伝達系は、通常の熱機関とみなし熱力学第2法則を適用すると、非効率な系であるように見えるが、情報熱機関としては効率が高くなっていることも明らかにした。本研究は、生体系に情報熱力学を適用した先駆的な研究であるだけでなく生物物理学一般における情報熱力学の重要性を示唆するものである。
以上のように、伊藤氏は、情報熱力学の基礎を大きく発展させることに貢献し、さまざまな応用への道を開拓した。さらに、自らが開発した定式化を生体系である大腸菌の走化シグナル伝達系のモデルに応用し、情報熱力学に基づく生物の新たな理解の可能性を示した。これらの一連の研究成果は若手に限定せずとも傑出したものである。それぞれの成果は共同研究によるものであるが、これらに一貫して中心的な寄与を行った伊藤氏は日本物理学会若手奨励賞にふさわしいと判断した。 -
齊藤国靖氏: 「粉体の巨視的挙動の非平衡統計物理学的アプローチによる解明」
マクロで離散的な粒子からなる粉体の特異な振る舞いは、材料混合・材料輸送など幅広い工業プロセス内で表出し社会的にも極めて重要である。しかしながら、粉体の振る舞いにおいて、散逸による素子レベルの不可逆性、即ち非平衡性が本質的であり、可逆な微視的運動を前提とする平衡系的扱いは困難である。そのため粉体の基礎理論は未だ確立されていない。齊藤氏は、解析的手法と数値計算の組み合わせにより、粉体の流れや力学応答に関する基礎的研究を行い、マクロな粉体現象の微視的な理解に努めてきた。
齊藤氏は、まず、ジャミングした粉体系の応力鎖のネットワークについて、分子動力学シミュレーションを行い、粒子間のオーバーラップの確率密度関数を求めた。また、準静的に粒子密度を上昇させる際の確率密度関数の発展を記述するマスター方程式を考え、その遷移確率を、粒子間接触パターンの変化に応じて場合分けして推定している。その結果、遷移確率は、粒子間に接触がある場合にはガウス分布に、空隙が残っている場合にはベキ的な非ガウス分布に従うという顕著な性質を明らかにした。齊藤氏は、次に、粘着性を持つ粉体粒子ガス系を記述する現象的な流体方程式をdynamic van der Waals理論の枠組みに基づき提唱し、剪断流の流体力学的不安定性について解析した。これにより、定常状態において粉体の密度場が剪断率に応じて様々な不均一構造を形成することを発見し、粉体密度、剪断率、非弾性率に対する相図を描き、分子動力学シミュレーションの結果をよく再現していることを確認した。齊藤氏はさらに、剪断を受けた高密度の粉体系の示す「粉体乱流」状態について理論的解析を進めた。「粉体乱流」と発達した流体乱流の類似性はこれまでにも知られていたが、齊藤氏は、詳細な数値計算と理論計算の組み合わせにより、「粉体乱流」の発生メカニズムを基礎理論的視点から明らかにした。
以上のように、齊藤氏は、様々な密度領域における粉体系の統計法則とダイナミクスに対し、非平衡統計物理学的視点に立脚し新しい結果を得た。粉体の物理の体系化には今後も多大な努力が必要と考えられるが、齊藤氏は、多くの国際共同研究を推進し一貫して粉体の理論解析を追求してきており、今後当分野の中心人物としての活躍が期待できる。よって、齊藤氏の優れた業績は日本物理学会若手奨励賞にふさわしいと判断した。
授賞式
第72回年次大会において領域11の若手奨励賞授賞式が行われました。今回は 伊藤創祐氏(東京工業大学大学院理工学研究科 (日本学術振興会特別研究員 PD))、 齊藤国靖氏(東北大学原子分子材料科学高等研究機構 (AIMR)) の2名が受賞され、その受賞講演もあわせて行われました。
第11回若手奨励賞(領域11)受賞者の皆さん
伊藤創祐氏(東京工業大学大学院理工学研究科 (日本学術振興会特別研究員 PD))
齊藤国靖氏(東北大学原子分子材料科学高等研究機構 (AIMR))
日本物理学会 領域11