第12回若手奨励賞(領域11)
受賞者の発表
2017年6月の会告にしたがって,第12回若手奨励賞(領域11)の募集を行い,同年7月27日に締切りました.若手奨励賞領域11内規にしたがって設置された領域11の審査委員会による厳正な審査の結果,応募者の中から下記の3名の候補者が選考され,同年10月の物理学会理事会で受賞者として承認されました.ここでその受賞を祝福するとともに,領域11関係者に公示いたします.なお,対象論文などの情報については,物理学会の若手賞のWebサイトをご覧ください.
受賞者 | 受賞題目 |
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越智正之(大阪大学大学院理学研究科物理学専攻) | 第一原理波動関数理論の固体電子状態計算への展開 |
白石直人(慶応義塾大学理工学部) | 非平衡熱力学、特に熱機関のパワーと効率のトレードオフ |
永井健(北陸先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科) | 自走粒子群の集団運動の数理モデル構築とその実験による検証 |
審査経過報告
本年度の領域11若手奨励賞は、2017年7月27日の締切までに応募のあった5名の候補者の中から厳正な審査を経て、以下の3名への授賞を決定した。
審査方式は例年通りであるが、以下に簡単にまとめる。審査委員会は領域代表が指名した9名の審査委員によって構成された。審査委員は領域11が対象とする広範な分野をカバーするべく、異なる専門を持つ研究者から選出されている。うち1名が審査委員長を務め、審査の取りまとめに当たった。なお、各候補者について、共同研究等でかかわりが深い委員は関係者と認定し、委員長の求めに応じて参考意見を述べる以外にはその候補に関する審査に加わらないこととした。一次審査では各候補者について、審査委員長が指名した3名の委員が審査対象となる原著論文を査読し、業績の独創性やインパクト、応募者の貢献も含めた査読レポートを作成した。二次審査では、一次審査での査読レポートに基づいて、委員間でメールによる詳細な議論を行った。また、必要に応じて候補者の業績に精通した研究者にも参考意見を求めた。この議論に基づいて、最終的に各委員が(関係者を除く)全候補者に絶対評価による評点を付した。この際、あらかじめ評点の平均の基準値を設定し、各委員の評点の平均がこれを上回った候補者を受賞者とした。領域11では受賞者は最大4名となっているが、今年度の受賞者数がこれに満たなかったのは、このような審査方式で基準点が高く設定されていることによる。また、原著論文の内容について、先行研究との比較も含め、非常に詳細にわたって議論が行われたことも反映していると思われる。候補者はいずれも意欲的な研究を展開している若手研究者であり、今回残念ながら受賞がかなわなかった候補者についても、審査委員会では今後の研究の展開に強い期待が寄せられた。
若手奨励賞の過去の受賞業績を見ると、特に領域11には今回を含め若手による顕著な業績が多いことに感銘を受ける。これは、経験が少なくとも独創的なアイデアで研究を展開できる、分野の特性にも由来しているのかもしれない。個人的には、審査過程で若手奨励賞にしては審査が厳しすぎるように感じることもあったが、過去の実績を踏まえると、やはりこれまでのように厳しい基準の審査で若手奨励賞の価値を高く保つことには意義があると思われる。一方で、応募・推薦数はもう少し多い方が望ましいだろう。これまでの受賞者を見て遠慮されている方も多いのかもしれないが、最終的な受賞の有無は別にして、若手の優れた研究業績に触れることは審査委員にとっても喜びであった。また、応募書類を作成する過程は、自らの研究を振り返り今後の方向性を考える機会ともなる。これまでに応募して受賞を逃した研究者も、応募経歴のない研究者も、今後ますます研究を発展させ、条件を満たす限り積極的に応募されることを期待する。シニアな研究者に対しても、若手の優れた業績に注目し、積極的に推薦を検討して頂くようお願いする。
受賞理由
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越智正之氏: 「第一原理波動関数理論の固体電子状態計算への展開」
Development of first-principles wave function theory for solid-state electronic structures
第一原理計算では、量子力学の基本原理に立脚して必要最低限の物理的仮定から物質の電子状態を計算する。固体電子状態の第一原理計算の多くは密度汎関数理論に基づいている。一方、原子・分子の電子状態計算では、電子相関効果を取り込むことができる波動関数理論に基づく第一原理計算も発展している。その一つに、相関効果を記述するジャストロウ因子とスレイター行列式からなる波動関数を用いたトランスコリレーテッド(TC)法がある。しかし、膨大な計算量のため固体電子状態計算への広範な適用は行われてこなかった。越智氏は、受賞対象論文に先立ちその計算効率を劇的に改善するアルゴリズムを開発し(M. Ochi et al., J. Chem. Phys. 136, 094108 (2012))、TC法を固体電子状態計算へ適用するための道を開いた。その後、越智氏は、従来は困難と思われていたような計算を着実に実行し、TC法の固体電子状態計算への展開に取り組んできた。
第1論文では、乱雑位相近似で求めた誘電率を用いてTC法のジャストロウ因子を最適化し複数の物質のバンドギャップを求めるとともに、ジャストロウ因子の最適化のための新たな手法として擬分散という量の最小化を提案した。第2論文では、吸収スペクトルの計算ため、励起状態の波動関数を複数のスレイター行列式の和とジャストロウ因子との積で表す手法を開発し、LiFなどに適用して、励起子ピークやその位置を再現した。第三の論文では、TC法を相関効果が強い3dバンドを持つZnOに適用し、実験のバンドギャップやバンド幅をよく再現した。
越智氏が中心となって行われたこれら一連の研究は、従来困難と考えられていた、波動関数理論の固体電子状態計算への応用を進め、今後の第一原理計算の一つの発展の方向を示している。固体物性物理学への波及効果が期待でき、日本物理学会若手奨励賞に十分に値する成果である。 -
白石直人氏: 「非平衡熱力学、特に熱機関のパワーと効率のトレードオフ」
Non-equilibrium thermodynamics, especially the trade-off relation between power and efficiency of heat engines
熱力学においてカルノー効率が熱効率の上限であることは良く知られているが、その一方で準静的過程に基づくカルノーサイクルがもたらすパワー(仕事率)はゼロであり、実用に適さない。実用上、パワーを有限に保ったままで熱効率を如何に上げるかという問題は重要であるが、一般論はこれまで存在しなかった。また非平衡系の基本原理であるゆらぎの定理では全ての情報量を知っている事を前提にしていたが、実際の観測では不可知量が必ず存在するので、その状況でゆらぎの定理がどのように変更を受けるのか、というのは重要な問題である。白石氏はこうした問題に正面から取り組み、大きな成果を挙げてきた。
第1論文は、全ての情報を知ることが出来ない(マスクされた)系に関してのゆらぎの定理の一般化を行った論文であり、後者の問題に一定の解答を与えた。これは不可知量を情報量として捉える事で情報熱力学の一環と考えられる。第2論文では、一般に有限の化学ポテンシャル差がある自律エンジンの効率の上限がカルノー効率に達する事が出来ない事を証明している。第3論文は、古典マルコフ過程に従う熱力学系では有限のパワーを持つ系はカルノー効率に達し得ない事を証明した論文である。このように、第2および第3論文は熱機関のパワーと効率のトレードオフを論じた研究である。
第1論文は共同研究者の沙川氏による先行研究を発展させたもので、情報熱力学の分野で非常に良く知られた優れた論文である。さらに、熱機関のパワーと効率のトレードオフを論じた2つの論文には、白石氏の独創性、特徴がより良く現れている。特に第3論文は、一般的な方法論を用いて誰もが経験的に感じているトレードオフ関係式を厳密に示したという意味で非常に意義深く、極めて独創性の高い論文となっている。この論文は3名の共著であるが、白石氏の単著による第2論文に基づいたものであり、白石氏が研究を主導したことは明らかである。第3論文は一般メディアに報道されたばかりか、昨年出版されたばかりでありながら引用数も多くなっており、今後も重要な研究論文として記憶される記念碑的論文の一つであると言える。
以上のように、白石氏は、非平衡熱力学の基礎を大きく発展させることに貢献した、抜群の注目度を持つ若手研究者である。それぞれの成果には共同研究に基づくものもあるが、白石氏はこれらに一貫して中心的な寄与を行った。これら一連の研究成果は若手に限定せずとも傑出したものであり、日本物理学会若手奨励賞にふさわしい。 -
永井健氏: 「自走粒子群の集団運動の数理モデル構築とその実験による検証」
Mathematical modeling of collective motion of self-propelled particles and its experimental verification
魚や鳥の群れでは、個々が自発的運動を行うと同時に巨視的に秩序だった運動パターンを示す。この集団全体の挙動をアクティブマターの動的状態としてとらえ非平衡統計力学の視点から統一的に理解しようとする研究が進んでいる。永井氏は、自走粒子群の巨視的運動パターンを優れた実験により再生すると同時に数理モデルを構築して、この現象を理論的に解明するうえで大きな貢献を行った。
Vicsekら(1995)は自走粒子集団からなるミニマルモデルを構築し、数値シミュレーションにより巨視的パターンを見出し相転移と関連付けて解析した。これを契機に数理モデルに基づいた研究が大きく進展してきている。このような系に対応する実験はこれまで行われてこなかったが、永井氏と住野氏は共同で巧妙な実験を行った(第1論文)。ガラス平板上にダイニンを生やしたモーティリティ・アッセイ上に微小管を高濃度で撒き、ATPを加えて微小管を駆動すると微小管は渦を巻きはじめる。やがて渦は六角格子状に並んだ巨視的運動パターンに発展する一方、微小管自体は渦から渦へと移動することが観測された。永井氏は同論文でVicsekらのモデルを発展させ、2次元平面上でランダム回転しつつ自走する棒状粒子の集団を導入し、特に回転運動の特性時間が長いときに実験と同様の格子状の渦運動を見いだした。第2論文ではこの数理モデルの解析をさらに推し進め、渦格子だけでなく波状や縞状状パターンなど多様な運動パターンがあることを見出した。そして、回転運動の記憶効果が巨視的パターン形成に決定的な役割を果たすこと、6角格子状や格子状パターンの形成メカニズムを理論的に説明するなど、自走粒子集団の巨視的パターン形成の本質に迫っている。このように、永井氏は実験と理論の両輪を駆使してアクティブマターにおける巨視的集団運動の本質を明らかにする研究を精力的に推し進めており、オリジナリティの高い研究を行っている。それぞれの成果は共同研究によるものであるが両者において永井氏が中心的貢献をしており、日本物理学会若手奨励賞にふさわしい。
授賞式
第73回年次大会において領域11の若手奨励賞授賞式が行われました。 今回は越智正之氏(大阪大学大学院理学研究科)、白石直人氏(慶応義塾大学理工学部)、永井健氏(北陸先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科)の 3名が受賞され、その受賞講演もあわせて行われました。
第12回若手奨励賞(領域11)受賞者の皆さん
集合写真
越智正之氏(大阪大学大学院理学研究科)
白石直人氏(慶応義塾大学理工学部)
永井健氏(北陸先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科)
日本物理学会 領域11