第3回若手奨励賞(領域11)
受賞者の発表
2008年6月会告に従って、第3回若手奨励賞(領域11)の募集を行い、同年7月25日に締め切りました。申し合わせに従って設置された領域11の審査委員会による厳選な審査の結果、応募の中から下記の4名の候補者が選考され、同年10月の理事会で受賞者として承認されました。ここで、その受賞を祝福するとともに、領域11関係者に公示致します。
受賞者 | 受賞題目 |
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礒部雅晴(名工大) | 2次元剛体球分子動力学における高速アルゴリズムの開発とその応用 |
佐々木志剛(東北大) | スピングラスにおけるエイジングと温度カオスの研究 |
郡 宏(お茶女大) | 振動子集団の位相ダイナミクスと制御 |
波多野恭弘(東大地震研) | 熱力学第2法則の非平衡定常状態への拡張に関する研究 |
審査経過報告
領域11における審査は、領域代表が指名した9名の審査委員により、メールを用いて行われた。審査委員は、領域11が対象とする非常に幅広い分野をカバーするべく選ばれた方々である。うち1名が審査委員長を務め(審査委員長についても領域代表が指名)、選出の取りまとめに当たった。本領域の若手奨励賞の応募は2008年7月25日に締め切られた。委員長の指名した審査委員(レフェリー)が作成したレポートをもとに、9名の審査委員全員によるメール投票をおこない、本領域から4名の授賞候補者を決定した。なお、応募者数が年々減少しているので、次回以降、関連の皆様のもっと積極的な応募を期待したい。
受賞理由
- 礒部雅晴氏 : 2次元剛体球分子動力学における高速アルゴリズムの開発とその応用
統計力学でもっとも興味のある問題の一つは、平衡から遠く離れた非平衡系での統計力学、熱力学であろう。本格的な理論がない現在、計算機シミュレーションは非常に重要な手段である。礒部氏は、Alder-Wainwright が提唱したイベントドリブン型分子動力学法のスキームに関して、非平衡系に適用できる単純かつ汎用性がある極めて高速なアルゴリズムを開発した。この仕事は大きな反響を呼び、計算統計物理学の重要なツールとして認知され、内外の研究者によく引用されている。計算機は発達し続けているが、粒子数を増やすためには効率的なアルゴリズムが欠かせない。 同氏は、このアルゴリズムに基づいて、2次元非弾性剛体モデルにおける自由冷却過程における大規模分子動力学シミュレーションを系統的に行った。数百万個の剛体からなる2次元粉体流では、一様状態がクラスタリング不安定を起こし、2次元乱流に似た渦状態が出現し、最終的に密度場に不均一性が現れることを示した。乱流状態のエネルギースペクトルが2次元流体のそれに近いこと、2粒子の間隔に対してリチャードソン則が満たされることなど、粉体流の統計則と2次元減衰乱流のそれとの間の類似性を見出した。 また2次元剛体球系の速度自己相関関数(VACF) におけるロングタイムテールの問題を調べた。粒子数を百万個までに増やすことにより、周期境界条件の下での音波の影響を評価し、従来の研究に比べてより正確にVACF を調べることができた。VACF のテールは低密度ではt-1で減衰するが、中程度のpacking fraction ではt-1より少し速い1/(t sqrt(ln t)) の減衰を得た。この結果はモードカップリング理論から予測されていたが、従来のシミュレーションでは両者の違いが捉えられていなかった。 計算機シミュレーションが第3の研究方法の地位を得た現在、新しい計算機アルゴリズムは新しい実験方法と並ぶものである。それを大規模なシミュレーションを必要とする問題に対して適用して新たな結果を得る、或いは未確定であった知見を確定することができる。礒部氏の研究はその方向の長年にわたる着実で重要な業績であると評価する。また提出論文が全て単著であることも評価できる。よって、礒部雅晴氏の研究成果は若手奨励賞にふさわしいものである。
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佐々木志剛氏 : スピングラスにおけるエイジングと温度カオスの研究
エイジング現象とは、高分子やスピングラスなどのランダム系に広く見られる平衡状態への遅い緩和現象であり、外場に対する応答がある状況では過去の履歴を強く引きずり、またある状況では履歴を簡単に忘れるように見える奇妙な現象を示す。このため多くの研究者の興味を引き、これまで、実験的に様々なエイジング現象が明らかにされてきたが、理論的な解明は難しく、最も単純なスピングラスモデルを用いた数値実験でも現象の完全な再現すらできない状態であった。これに対して、佐々木氏は、階層的なエネルギー構造を持ち、単純なアーレニウス型の励起と階層間の移り変わりを仮定した現象論的理論モデル(多層ランダムエネルギーモデル)を構成し、それに磁化を導入してモンテカルロシミュレーションを行い、ある絶縁体スピングラス物質で測定された動的磁気感受率の緩和過程にみられるエイジングの温度独立性、メモリー効果、若返りなどの性質を再現することに成功した。また、これによって、奇妙なエイジング現象を示すためのミクロなモデルの持つべき基本的な性質として、温度等の外部変数に平衡状態が敏感に依存する必要性が示唆された。 さて、温度の変化に対して平衡状態が極めて敏感に変化するという性質である温度カオスはエイジングにおける若返りに関係するものとして興味を持たれている重要な性質であるが、従来、スピングラスのいわゆるスケーリング理論によって記述される秩序系において生じることはわかっていたが、平均場モデルでは存在しないと考えられていた。これに対して佐々木氏はレプリカ対称性の破れを伴う平均場的振る舞いをする樹枝状構造を持つモデルスピングラスにおいて、温度カオスが存在することを示し、また、一般的になぜカオスが非常に弱いのかという理由も示唆した。 さらに、より現実的なスピングラスモデルである4次元のエドワード・アンダーソン(EA)模型について、バウンダリーフリップ・モンテカルロ法を用いて大規模なシミュレーションを行い、温度カオス、ボンドカオス(ボンド数を増したときの平衡状態の敏感性)の存在を示すとともに、droplet theoryで予言されていたstiffness指数、domain wallのフラクタール次元、カオス指数の満たすスケーリング関係式が成り立つことなどを示し、EA模型におけるカオス効果の記述に対してdroplet theoryがふさわしいということを強く支持した。 以上のように、佐々木氏は、エイジング現象およびスピングラス系の研究の発展に重要な寄与を行ってきており、領域11の若手奨励賞にふさわしいと考えられる。
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郡 宏氏 : 振動子集団の位相ダイナミクスと制御
郡氏の二つの研究が受賞の対象となった。一つは位相振動子ランダムネットワークの引き込みであり、もう一つは位相振動子ダイナミクスの非線形フィードバックによる制御である。どちらの研究も非線形ダイナミクスの分野における基本的に重要な課題を扱っている。また、どちらも外国人研究者、あるいは、研究グループとの共同研究であり、氏の国際的活躍がみてとれる。 位相振動子ランダムネットワークの引き込みでは、ペースメーカー振動子に引き込まれる相互作用強さの閾値がネットワークの性質にどのように依存するかを数値的に調べ、引き込み状態がネットワークの階層性や結合性によって条件が大きく異なることを見いだしている。また、その結果を半現象論的議論で説明することに成功している。一見、とても複雑そうにみえる現象からそれを支配する法則を鮮やかに抜き出しており、氏の優れた洞察力がうかがえる。 位相振動子ダイナミクスの非線形フィードバックでは、振動子間相互作用の形を非線形フィードバックで調節することによって、線形フィードバックでは実現できない振動子集団のクラスター化や同期の解消を実現している。この研究の特色は、観測量からフィードバック項を生成するため、解析したい現象の具体的モデルをあらかじめ導入する必要がないことである。また、対応する実験を実際に共同研究者が行い、共著で実験の論文を書いていることも評価されるべきである。 振動子集団の同期、脱同期の問題は、脳科学をはじめとする生体系、振動化学反応系などの化学系、対流など非平衡物理系など広い範囲わたって興味深い研究課題であり、位相ダイナミクスによる取り扱いの歴史は古い。しかし、氏の行った非線形フィードバックによる大集団の引き込み制御は、実際に観測されるクラスター化や脱同期など多様な状態を再現でき、応用できる分野は広いと考えられる。 今後は、非線形振動子系のみならず、もっと広い視野から非平衡ダイナミクスに挑戦していくことを期待する。
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波多野恭弘氏 : 熱力学第2法則の非平衡定常状態への拡張に関する研究
波多野氏の研究は、非平衡統計力学の基礎、流動・組成・破壊などの非線形非平衡現象の解析に代表される。なかでも非平衡統計力学の分野では、簡単な確率モデルを使って非平衡定常状態に対する熱力学第二法則に相当する関係を見いだしたことは重要である。平衡熱力学では、外部からの操作によるエネルギー移動の制限が普遍的な法則として形式化される。この形式が平衡状態間遷移を超えて成立するかどうかどうかは、いまだ解決していない。この問題に関して、氏の業績は、一般のマルコフ過程でその定式化を提案し、そこでの可能性を示したことにある。より具体的には、非平衡定常分布関数に対するシャノンエントロピーが満たす不等式を外的操作に伴うエネルギー移動と結びつけ、その制限が過剰熱を介した熱力学第二法則の拡張に相当することを見出したものである。特に、等温準静的操作では、このエントロピー差が過剰熱量を温度で割った形で得られ、クラウジウス関係式の拡張になっている。この理論は、Oono-Paniconiの提唱した定常状態熱力学の数理的実現の第一歩に相当し、最近話題の非平衡定常系における「揺動定理」や非平衡仕事に関する「Jarzynski等式」とも関係する重要な成果である。物理的には、ランジュバン方程式で記述される対象、例えば、溶媒中のビーズに対する非平衡定常状態に対して、その理論を適用することができ、実験によってその関係式が確認された。以上のことから、今後の非平衡熱力学の基礎的な実験や理論の分野で、この成果の広い応用が期待される。なお、この際に得られた等式にはHatano-Sasaの名が冠せられている。また氏のその他の優れた業績としては、一次元非線形格子における熱伝導の研究がある。一次元格子では熱伝導率が発散することが知られていたが、少し複雑な質量が交替的になる戸田格子(DTL)では有限になるという研究に対し、氏は従来通り発散することをシミュレーションで証明するとともに、温度勾配の有限サイズ効果が重要であることを示した。このように波多野恭弘氏は若手として今後の活躍が多いに期待される研究者であり、若手奨励賞に値すると考える。
授賞式
第65回年次大会において領域11の若手奨励賞授賞式が行われました。第3回目 の今回は礒部雅晴(名工大)、佐々木志剛(東北大)、郡 宏(お茶女大)、波多野恭弘(東大地震研)の4名が受賞され、その受賞講演もあわせて行われました。
第3回若手奨励賞(領域11)受賞者の皆さん。(左から郡さん、礒部さん、佐々木さん、波多野さん)
受賞の言葉
受賞者の皆様から、受賞の言葉をいただきました。なお、所属は受賞時のものです。
礒部雅晴(名工大)

このたびは日本物理学会より栄誉ある賞をいただき、大変光栄に感じてます。 審査にご尽力いただいた先生方、これまでにご指導いただきました共同研究者の 皆様方には、この場をお借りして厚く御礼申し上げます。また、学会のみならず 一般の方々にも賞という形で研究を知っていただく機会を与えてくださいまして、 大変嬉しく思っております。 半世紀前にAlder氏らにより開発された「分子動力学法」は、高速電子計算機の 発展に伴い、今日では極めて汎用性が高い方法論として知られており、今後ます ます重要性が増すことが予想されます。受賞対象の論文は、計算機環境の制約と いう不利な環境から、逆にアルゴリズムの効率向上の強い動機が生まれたことが 幸いしたように思います。また、博士課程在学時にテーマの選定から単独で論文 を出版することができ、この経験はその後の研究をする上で大変に役にたったと 感じております。自由な研究遂行ができる環境に恵まれたことに感謝いたします。 分子シミュレーションの創始者であるAlder氏は現在83歳のご高齢ですが、 「分子動力学法」の非平衡系への応用という半世紀前の夢を実現させるため研究 への情熱はいまも失っておりません。常に新しい分野に挑戦するというフロンテ ィア精神など、直接ご指導いただいた共同研究者としてこの貴重な経験を生かし、 「方法論の重要性と意義」、また「科学史に残る計算科学の仕事とは何か?」と いったことを考えつつ、微力ながらそれを後世に伝え、今後の研究活動や後進の 指導に生かしていきたいと思っております。
佐々木志剛(東北大)

このたびは、若手奨励賞を受賞できたこと、大変嬉しく思います。最初に、研究を進め るに当たって多くの御指導・御意見・励ましを頂いた共同研究者の皆様、学生の時に経 済的・精神的な支えをして頂いた両親、良い研究環境を与えて頂いている職場の皆様な ど、数多くの方々に深く感謝を致します。この度の受賞テーマとなりましたエイジング 現象は、ダイナミクスの遅いガラス的な系で広く観測される普遍的な現象ですが、その 振る舞いは系によって千差万別で、直感的にはなかなか理解しがたい現象が数多く観測 されています。この分野で行われている数々の優れた研究が、今回の研究を始めるきっ かけとなっているわけですが、今後はそのような触発を多くの方々に与えられる研究を 目指し、より一層の精進を重ねたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。
郡 宏(お茶女大)

若手奨励賞をいただき大変光栄です.これまでの学業と研究を支えてくれた両親と兄姉,指導していただいた先生方,励まし合ってきた友人や同僚たち,そしていつも刺激をいただいている物理学会の特に領域11のみなさまに深く御礼申し上げます.この名誉ある賞の名に恥じぬよう,いっそうの努力を心がけたいと思います.私の携わっているリズム現象は分野融合の格好の題材であり,私の興味も分野横断的研究に向いています.今後はそのような研究を積極的に推進し,諸分野に物理学の存在感と重要性を示せるようがんばっていきたいと思います.
波多野恭弘(東大地震研)

まずは領域世話人の方々と選考委員の方々へ御礼申し上げます。また、貴重なお時間を割いて受賞講演を聞きにいらして下さった聴衆の皆様にも感謝したいと思います。今回の受賞理由となった研究は大学院在籍時のものですので、当時の指導教官であり共同研究者でもある佐々真一氏へ、この場をお借りして感謝いたします。 15年前(!)にFluctuation theoremが発見されて以来、非平衡定常状態の統計力学的研究は一部で盛り上がりを見せています。ずいぶん理論の見通しが良くなったことは確かなのですが、物理として真に意義のある結果がこれまで出たかというと、やや疑問が残ります。とくに、平衡統計力学と臨界現象の強烈な成功に囚われ過ぎているような気がしてきています。ギブスアンサンブル・臨界指数とは全く異種の、新しい普遍性の概念が地球科学や材料科学などの異分野から芽を出すことを期待して、境界を旅することを今後も続けたいと思います。
日本物理学会 領域11