第1回若手奨励賞(領域11)
受賞者の発表
昨年の12月会告に従って、第1回若手奨励賞(領域11)の募集を行い、本年2月23日 に締め切りました。申し合わせに従って設置された領域11の審査委員会による厳 選な審査の結果、応募の中から下記の4名の候補者が選考され、5月の理事会で 受賞者として承認されました。ここで、その受賞を祝福するとともに、領域11関係 者に公示致します。 なお、授賞式ならびに受賞講演が2007年の秋期年次大会にて行われますので、 会員の皆さんの講演会へのご参加をよろしくお願い致します。
受賞者 | 受賞題目 |
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田中ダン(福井大学) | 非線形方程式の縮約による新しい数理構造の探求 |
鈴木正(東京工業大学) | 量子アニーリング法の有効性に関する統計力学的研究 |
飯間信(北海道大学) | 蝶の飛翔メカニズムの解明 |
越野和樹(東京医科歯科大学) | 量子ゼノ効果と測定問題の理論的考察 |
審査経過報告
領域11における審査は、領域代表が指名した9名の審査委員によって行われ た。審査委員は、領域11が対象とする非常に幅広い分野をカバーするべく選 ばれた方々である。うち1名が審査委員長を務め(審査委員長についても領域 代表が指名)、選出の取りまとめに当たった。なお、今回、審査委員は直接会 合を持つことなく、全審査は審査委員間のメールによって行われた。 審査手順として、まず各応募者に対し、委員長が審査委員9名の中から指名し たそれぞれ2名が査読者として原著論文を独立に査読し、その内容と評価に関 し詳細な査読レポートを作成した。この査読レポートは審査委員全員に配布さ れた。各審査委員は、各応募者毎2通の査読レポートを参考に、応募者全員の 資料に基づいて候補者選定に当たった。一定のメール討議期間を設けた後、最 終的には、各審査委員が5~1点で順位を付け5名を推薦するメール投票を行 った。9名の審査委員全員よりメール投票を得、9名の得点を集計した結果、 上位得点者4名を領域11からの授賞候補者として決定した。
受賞理由
- 飯間信氏
飛行機や鳥,昆虫などの物体が空中に浮かんでいられるのは,重力に抗する 上向きの力が物体に作用するからである。これはもちろん物体のまわりの空気 から受ける力であり,物体の形や運動の仕方が上下方向に非対称であるため, 正味に上向きの力が結果として生ずると考えるのが自然であろう。確かに、飛行機 の翼の形や鳥の羽の運動は上下に非対称である。では,いつも,上下非対称性が 揚力の発生に本質的なのであろうか。蝶や蜂などの羽は,形も運動のしかたも, 近似的に上下対称とみなせそうで,非対称性が本質的でないのではなかろうか。 このような問題意識から,飯間氏らは上下に対称な物体の対称運動による揚力発生 の可否についての研究を行なった。その結果,従来からの伝統的な理解とは異なり, 対称物体の対称運動によっても上向きの力が定常的に安定に得られることを見出した。 具体的には,2次元非圧縮非粘性流体の中で,2つの線分を共通の支点(上下運動を許す) のまわりで上下左右に対称的に振動させる。線分に張り付いている束縛渦が線分 の先端から自由渦として次々と跳び出してくる。これらの自由渦が誘導する速度場 により線分が受ける力を計算する。非粘性流中では自由渦 は不滅であるが,実在流れの粘性の影響を自由渦に有限の寿命を与えることに よって取り入れる。線分の振動は正弦的とし,その周期と振動数,線分の長さ と位置,そして自由渦の寿命を与え,静止状態から出発し,流体の運動ならび に線分の受ける力の長時間にわたるふるまいを数値シミュレーションで求め る。その結果,線分の振動の周期が自由渦の寿命に比べて小さいときには,線 分に作用する力は上非対称となり,時間平均をとると,線分の最初に振り下ろ した方向とは逆(すなわち上)向きの力が現れ,しかもそれが持続することが わかった。一連の論文では,この対称性の破れ,非対称性モードの安定性と分 岐特性,さらには臨界モードとホバリング運動との関係など興味深い結果を示 している。これらの研究の内容は、共同研究者である柳田達雄氏との3編の共 著論文として発表されている。 蝶の飛翔は厳密には極めて複雑な形をした変形する物体の3次元運動である が,その揚力の発生メカニズムの本質を2次元非圧縮流体中の線分の振動とい う単純で明快なモデルを用いて明らかにした。複雑な現象の本質を取り出すと いう物理学の手本となる研究である。
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越野和樹氏
量子ゼノ効果の理論的考察を行った。量子ゼノ効果は、候補者たち(共同研究 者清水明教授)の定義に依れば、「量子不安定系に対して、それが崩壊したか否 かを頻繁にチェックすると系の崩壊が遅くなり、連続測定の極限では全く崩壊 しなくなる」現象である。逆に、崩壊が促進される場合を量子逆ゼノ効果とよ ぶ。研究では、測定器の一部も量子系に含めて定式化することにより、測定エ ネルギーバンドの有限性、応答時間の有限性、などを考慮した解析を行った。 この拡張により、従来の量子状態収縮の描像が近似的であること、量子ゼノ効 果・逆ゼノ効果がより一般に発現しうること、を示した。例えば、測定器が有 限な測定バンドを持つとき、指数崩壊法則に厳密に従う系においても、量子ゼ ノ効果は起こりうることを示した。 通常、量子ゼノ効果の議論では、測定効果は数学的に射影仮説で記述されると する。すなわち、各測定は瞬間的(instantaneous)であり、測定後の状態は射影 (projection)で与えられる理想的(ideal)状態であるとする。候補者たちの測定 過程を物理的に取り入れる試みは、現実性をますものとして興味深い。一方、 対象系と測定系に物理的条件を加えるごとに、色々な可能性が生じてくる。候 補者たちは、もちろん、測定問題を含めて一般性を強調するのであるが、個々 の量子現象の解析となっては面白さがなくなる。その兼ね合いが難しいところ であろう。また、“一般化”にも多くの可能性がある。究極的には実験によっ て検証されるのであろうが、まだ多くの理論的考察が必要ではないかと感じる。 問題設定と解析は、量子ゼノ効果の精密な議論に向けて、理論物理研究者とし ての候補者の力量を示しているといえよう。実験的検証を探したのであるが、 決定的なものは見つけられなかった。光トラップでの原子のトンネル効果とし て量子ゼノ効果と量子逆ゼノ効果が観測されたという指摘があるが、より詳細 な実験と解析が期待される。これは、分野自身の課題であり、候補者の理論的 考察に欠点があるわけではない。 以上述べてきたように、越野和樹氏は、観測理論の一般化に基づき、量子ゼノ 効果の測定問題を検討し、理論的考察を実験との比較が可能な状況にすること に成功した。 従来の理論解析では得られなかった新しい知見も提出されている。よって、 越野和樹氏の研究成果は若手奨励賞に値すると考える。
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鈴木正氏
複雑なランドスケープを持つような系でのエネルギー関数の最適化問題は、統 計力学、情報科学、生命科学等の広い分野で重要な問題となっているが、今の ところ万能な最適化法というものは存在しない。仮想的温度を導入して最適化 を行うシミュレーテッド・アニーリング法が広く知られているが、この類推か ら、しかし全く異なったアプローチとして最近議論されている最適化法が量子 アニーリング法である。これは、元々が古典的な系に対し人工的に量子的相互 作用を導入し、その大きさを時間と共にゆっくり零に近づけながらエネルギー 関数を最適化する方法である。鈴木氏は、一連の論文において、量子アニーリ ングにおける誤差(残留エネルギー)と計算時間(アニーリング時間)の関係 を定量的に考察した。特に、残留エネルギーがアニーリング時間とともにベキ で減少することを、まずモデル系に対するシミュレーションによって数値的 に、さらに断熱定理に基づいて解析的に示した。これは、量子アニーリング研 究において大変重要な成果であり、高く評価すべき仕事と言えよう。 さらに最近では、人工的に導入する量子的相互作用として最も単純な横磁場相 互作用を2体以上の多体相互作用に拡張すると量子アニーリング法の有効性が より高まる場合があること数値的に示し、そのメカニズムを明らかにしたり、 あるいは量子スピン系の分野で近年盛んに使われている密度行列繰り込み群法 を量子アニーリング法の開発に積極的に適用する等、量子アニーリングの基礎 と応用に関し精力的な研究を展開している。このように、鈴木正氏の最近の研 究成果は若手奨励賞を受賞するのにふさわしいものである。
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田中ダン氏
非平衡系における自発的対称性の破れとしてチューリング不安定など短波長の 空間的周期構造が現れる場合があるがこの時、同時にゴールドストーンモード が存在すると一様静止状態から1回の正分岐によって乱流へと至ることが90年代 に実験で発見され、ソフトモード乱流と名づけられていた。この現象が、粘弾 性体の地震波を記述する式として導かれたNikolaevski方程式の振る舞いとよく 一致することが分かったが、一般の力学系との対応や乱流状態の性質など未解明 の部分が多かった。田中氏は、一般的な反応拡散系から出発してシステマティック な手法により、短波長の不安定性(Turing不安定)と長波長の不安定(Benjamin不安定) が同時に起こるような多重臨界点近傍を考えると、非局所 結合の複素Ginzburg-Landau方程式に縮約され、さらに位相変数だけに縮約する とNikolaevski方程式に帰着されることを始めて示した。また、その多重臨界点 近傍を詳しく調べ、臨界指数やスペクトラム、臨界点から離れた場合のロバス ト性など、その性質を明らかにした。 さらにノイズによって同期される振動子の研究も高く評価される。2つの神経 細胞にノイズを加えると同期するという実験にヒントを得て、結合していない リミットサイクル振動子に同時に同じノイズを加えると結合していないにもか かわらず振動が同期することを寺前氏との共同研究で理論的に証明した。そこ では振動子の位相ダイナミクスに着目し、相対位相の安定性を決めるリアプノ フ指数の解析から、同期の安定性を導くことに成功している。さらにごく最近 の仕事として、振動しながら相互作用して動き回るSwarm Oscillatorの方程式 への縮約理論は、まだ出版されていないものの学会発表などで多くの話題を集 めるなど、ここ数年間若手として優れた業績を上げ、その活躍が顕著である。
授賞式
第62回年次大会において領域11の若手奨励賞授賞式が行われました。 今回は田中ダン氏(福井大学工学部)、飯間信氏(北大電子科学研究所)、 越野和樹氏(東京医科歯科大学教養部)、鈴木正氏(東京工業大学理工学研究科)の 4名が受賞され、その受賞講演もあわせて行われました。
第1回若手奨励賞(領域11)受賞者の皆さん。それぞれ田中ダン氏(左上)、飯間信氏(右上)、越野和樹氏(左下)、鈴木正氏(右下)。
受賞の言葉
受賞者の皆様から、受賞の言葉をいただきました。 なお、所属は受賞時のものです。
田中ダン氏(福井大学工学部)
工学研究科に所属しているためか、自身の思い過ごしか、 もの創りや特許等に`一見'無縁な研究をすることに、 プレッシャーを感じることもあります。 真に斬新な技術を創出するには、基礎研究から始めねばならないと思います。 しかし、実績の無い若手が 「数十、数百年後の社会還元を目指す」と豪語しても、 虚しく響くのは仕方ないことだとも思います。 このような状況下、 由緒ある学会から励ましを頂くことで、 少なからず胸を張って基礎研究ができると感じております。 小規模ながら良い所属部局に、広報材料を提供できたことも嬉しく思います。 なお、奨励賞は、がんばりま賞であると認識しております。 今後も真摯に励みますので、よろしくお願い致します。
飯間信氏(北大電子科学研究所)
自分の研究を第一回若手奨励賞の受賞という形で認めて頂いて大変 うれしく思っております。昆虫の飛翔というテーマは私が北海道大学に 来てから共同研究者の柳田達雄博士とはじめたものですが、最初は完全 な手探り状態で、試行錯誤の連続でした。そういう中で研究を続けるに あたり、様々な方から助言や励ましの言葉を頂いた事が大きな原動力に なったと思っています。おかげさまで数理的な視点が有効だという事が 分かってきました。今回の受賞により、制御や理論構築といった今後の 課題に向けての大きな力を頂いたような気がしております。 友人や研究者仲間からもお祝いの言葉を多数頂きました。その中で この賞の新設に関連して「賞の価値は受賞者で決まる。お前もこれから ガンバレ」という意味の事を言ってくれた友人がいます。受賞そのもの は過去の実績に対するものですが、この賞に関しては、今後への期待も 含まれているように思います。今後一層頑張らなければならないという 思いを強くいたしました。 世話人の方より「受賞してよかったことがあれば書いて欲しい」と 要望がありましたが、私としては受賞してよかった事というよりも、賞 に推薦して頂けた事、また選考や講演を通して自分の仕事を広い分野の 方々に知っていただく機会が増えた事がよかったと思います。また今回 このような形で皆様に御礼の言葉を伝える事ができました。どうもあり がとうございました。
越野和樹氏(東京医科歯科大学教養部)
このたびは若手奨励賞を賜り,誠に有難うございました.新設された若手奨励賞 の,第一回目の受賞者に選ばれたことを,とても光栄に感じております.甲斐先 生より賞状を頂いたときは色々なことが思い出され,胸にこみあげるものがあり ました. 今回の受賞で最も嬉しかったことは,両親や家族に対して,受賞という分かりや すい形で研究上の成功を報告できたことです.また,受賞の知らせをいただいた のが今年4月の東京医科歯科大学教養部への異動の直後であり,幸先良く研究生 活を始めることが出来ました.これからも,若手奨励賞受賞者としての誇りを忘 れず,それに相応しい活躍ができるよう,努力してゆきたいと思います.
鈴木正氏(東京工業大学理工学研究科)
私の受賞の対象となった「量子アニーリング」は、もともと日本人を含む人たち によって10年ほど前に産み出された研究テーマです。 しかし、その後、特に日本ではあまり盛んには研究は行われて来ませんでした。 私はこのテーマを育てるという使命感とともに数年前より研究を行って きました。今回の受賞により、これまでの研究の意義を認めてもらえたこと、 さらに記念講演等を通じてたくさんの方々に私の研究を伝える機会を 持てたことで、少しは量子アニーリングという研究テーマの成長に 貢献できたのではないかと思っています。 今後私はこのテーマをさらに育てていくと同時に、大きく育つような 全く新しいテーマを産み出すことにも取り組んでいきたいです。 さて、今回、第一回の若手奨励賞ということで、この賞がどの程度意味を 持つかは正直に言ってまだわかりません。ただ、領域全体で記念講演の 時間をもうけていただいたことは、自分の研究を広くアピールする絶好の 機会となりました。今回の受賞により今後いろいろな場面で私の活動が 注目されることがあるかもしれません。それに応えられるようにますます 研究に励んでいきたいと思います。 最後にこの場を借りて、私を若手奨励賞に推薦してくださった先生方、 共同研究をしていただいた先生方に感謝いたします。
日本物理学会 領域11