第4回若手奨励賞(領域11)
受賞者の発表
2009年6月会告に従って、第4回若手奨励賞(領域11)の募集を行い、同年7月24 日に締め切りました。申し合わせに従って設置された領域11の審査委員会による厳選な審査の結果、応募の中から下記の4名の候補者が選考され、同年10月の理事会で受賞者として承認されました。ここで、その受賞を祝福するとともに、領域11関係者に公示致します。なお、対象論文などの情報については、物理学会の若手賞のWebサイトをご覧ください。
受賞者 | 受賞題目 |
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寺前順之介氏(理研脳センター) | 弱いノイズを受けた非線形振動子の同期と位相記述の一般化 |
国仲寛人氏(中央大理工) | 非弾性衝突における反発係数の決定メカニズムの研究 |
西野晃徳氏(東大生研) | 開放型量子ドット系における多重電子散乱状態の厳密解 |
島田尚氏(東大工) | 非線形多粒子系に対するシミュレーション研究の成果 |
審査経過報告
領域11における審査は、領域代表が指名した9名の審査委員により、メールを用いて行われた。審査委員は、領域11が対象とする非常に幅広い分野をカバーするべく選ばれた方々である。うち1名が審査委員長を務め(審査委員長についても領域代表が指名)、選出の取りまとめに当たった。本領域の若手奨励賞の応募は2009年7月24日に締め切られた。審査委員(レフェリー)が作成したレポートをもとに、9名の審査委員全員によるメール投票をおこない、本領域から4名の授賞候補者を決定した。なお、審査委員から実験系研究者の応募がないとの指摘があったので、領域11代表に伝えた。
受賞理由
- 寺前 順之介氏 : 「弱いノイズを受けた非線形振動子の同期と位相記述の一般化」
寺前氏の研究は神経情報処理への応用を念頭に置いてはいるが、基本的に弱い外部雑音の働く環境下でのリミットサイクル振動子およびその集団の振る舞いを理論的に調べたものである。従って、その結果は、神経情報処理のみならず、振動する散逸力学系の登場するあらゆる分野に関連し、高い一般性を持っている。 氏の業績は二つに分けられる。一つは共通のノイズを受けた複数のリミットサイクル振動子同士は相互作用がなくとも同期することを理論的に示したことである。神経細胞が同一のランダムな入力に対し同一の発火パターンを示すことは以前から実験的に知られていた。寺前氏らはこの実験に触発されてノイズを受けたリミットサイクル振動子の振る舞いを調べ、位相縮約の適用可能な範囲で、つまり、ノイズが小さい極限で、軌道のリャプノフ指数が負になることを示した。これは、振動子の同一のランダムな入力に対する応答は、時間がたてば初期条件によらず同じになることを保証し、単に上述の実験結果を説明するにとどまらず、リミットサイクル振動子を様々な分野で応用していく際の拠り所を与えるものであり、高く評価される。寺前氏は、この研究に続き、振動子のネットワークについても同様の問題を調べている。この場合には、振動子間のランダムな相互作用が応答の再現性を弱めることを見いだしているが、今後、様々な仮定を緩和することによって、理論の普遍性を高めることが望まれる。 寺前氏のもう一つの業績は、弱いノイズを受けたリミットサイクル振動子の位相記述を一般化したことである。従来の位相縮約のスキームでは、摂動の一次のみを残すため、振幅の自由度が効く余地はなかった。これは、物理的には、リミットサイクル振動子の安定性が強い極限に相当する。寺前氏らは、この前提が破れる現実の振動子が弱いノイズを受けるときには、位相のランジュバン方程式にノイズの相関時間と振幅方向の緩和時間の比に依存する新しい項が付け加わることをノイズの相関時間を微小パラメーターとする系統的な摂動論により示し、それ以前に存在した位相に関するランジュバン方程式の形に関する論争に決着をつけた。これは従来の位相記述の位置づけを明確にし、現実的な状況を取り扱うための出発点を与えた著しい成果である。 これらの業績は、寺前氏の研究課題を設定するセンスと卓抜な解析能力を示しており、今後も広い分野での活躍を期待させるものである。よって、若手奨励賞にまことにふさわしいものといえる。
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国仲寛人氏氏 : 「非弾性衝突における反発係数の決定メカニズムの研究」
國仲氏の研究は、反発係数という高校でも学ぶ初等的な概念の基礎が学問的に非常に深い 内容を含むことを、理論的な面から明らかにした。かたい物体同士の衝突を記述する反発係数は、高校の力学に登場する基礎的な概念である。反発係数は衝突速度に依存せず一定であると教科書には書いてあり、一見すると疑問の余地もないように思える。しかし、反発係数はそもそも現象論的に定義された概念であり、衝突の際に生じるエネルギーの散逸の度合いを表す。その基礎を統計力学的に明らかにすることは全く自明ではない。実際、衝突速度や衝突角度などの巨視的な条件が衝突に付随して生起する微視的なエネルギー散逸の過程とどのように関係するかを理解することは決して容易ではなく、理論的に解明する試みはこれまでほとんど行われていなかった。この状況において國仲氏は、非弾性衝突における物体の衝突を非線形バネの2次元ネットワークを用いた数値シミュレーションで調べ、反発係数の衝突速度および衝突角度依存性など様々な興味深い特徴を明らかにした。そして、コーネル大学のグループによる先行研究で行われた金属球と弾性板の斜め衝突の実験結果をシミュレーションで再現することに成功した。衝突係数が1よりも大きくなる現象はこの実験で最初に見出されたが、比較的簡単な格子模型を用いて理論的に再現し、さらに現象論的な説明を与えた。このことの学問的意義は大きいと思われる。さらに、初期の研究を数年後に再び発展させ、ナノクラスター同士の衝突を3次元分子動力学シミュレーションで調べた。その結果、熱揺らぎの効果で反発係数が1以上になる場合があることが示された。現実の系との結びつきを深めるなど、この研究が将来さらに発展する可能性も十分考えられる。全体としてユニークなアイデアに基づく独創的な研究テーマであり、理論的な結果も興味深い。まさに若手奨励賞にふさわしい研究である。
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西野晃徳氏 : 「開放型量子ドット系における多重電子散乱状態の厳密解」
相互作用のあるメゾスコピック電子系における輸送現象は、物理的に大変興味深い問題であ る。しかし、量子ドットの非平衡電流を電子間相互作用を考慮して非摂動的さらには解析的に 導出することは、非常に難しいことが知られている。西野氏は、量子ドットの非平衡電流に対 して、独創的である一方でおそらくは厳密に正しいと思われる新しい計算方法を提出した。電 子間相互作用を考慮した開放型量子ドット系の多電子散乱状態を厳密に求め、左右の導線に有限の電位差が存在するときに量子ドットに流れる電流(非平衡電流)を解析的に求めるという方法である。この新しい方法を用いた計算は従来の摂動展開の結果を拡張し、例えば相互作用変数の展開で1次の項で一致することがすでに示されている。具体的には、西野氏は相互作用共鳴準位模型という模型において、2体および3体の散乱状態の解析的表式を厳密に導いた。その際に、系の固有状態として周期的境界条件を課さず、両端が開いた開放端における散乱状態を第一原理から厳密に構成した。そして、相互作用系を記述する非摂動ハミルトンの散乱固有状態をリップマン・シュウインガ-方程式を用いて特徴づけた。多体相互作用系においてもリップマン・シュウインガ-方程式を定義することが一つのポイントで、与えられた「入射波」に対応する散乱状態を求める、という方法である。実際、散乱状態には不定性があり、物理的な境界条件と矛盾しない適当な解を構成する必要がある。従来の研究では、相互作用の高次の効果を考慮するためにベーテ仮説法を用いた取扱いも行われていた。しかし、散乱状態を求めるのになぜ周期的境界条件を課して良いか等の本質的な疑問が解決されないなど、従来の方法には不満足な点が多かった。このような状況の中で西野氏の新しい方法は、電気伝導の問題を厳密に解くという意味でおそらく最善のひとつと思われる。この新しい方法には説得力があり、また、従来の「常識」に果敢に挑戦した勇気は評価に値する。よって、若手賞にふさわしい研究であると結論した。
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島田 尚氏 : 「非線形多粒子系に対するシミュレーション研究の成果」
島田氏の研究は大きく分けると、非線形系定常状態に注目した統計力学の基礎研究と生体系などの生物物理学に関連する研究の二つに向けられている。対象は大きく違って見えるが、いずれも非線形性や多体系の困難を伴う複雑な対象である。それらに対して、島田氏の研究は、綿密な考察と分析によって、またある場合は大胆な単純化や仮説によって、モデル構築を進めると共に、徹底した計算機シミュレーションを行い、その背後に隠れている物理法則の発見と複雑な機構の解明に貢献している。 今回は二つの研究が受賞対象となった。一つは熱伝導フーリエ則の成立基盤を解明し, ミクロ揺らぎの構造を新たに発見した研究である。もう一つは砂中での爬行生物の泳動を可能にする物理モデルを構築し、その運動機構とそれに伴う砂粒の状態変化との関係を解明した研究である。 第一の熱伝導の研究では、格子振動モデルや分子気体モデルを用いて、その両端に異なる温度の熱浴を?げる古典力学モデルを考えている。このような自然なハミルトンダイナミクスからフーリエ則の成立根拠を探ることは、局所平衡状態やエントロピー生成など不可逆性の力学的メカニズムを解明する事につながるもので、また一方では非線形領域へ熱力学第二法則を拡張する上からも重要課題の一つとして長く認識されてきたテーマでもある。線形格子系ではフーリエ則が実現しないことから、FPU型のモデルを採用し、また分子気体モデルでは平均流速が無視できる領域を考え、システムサイズと次元依存性に焦点を合わせて詳細なシミュレーションを行った。それによって、熱流の相関関数や熱伝度率に対する従来の結果やGreenーKubo公式からの予想を定量的に確認している。特に3次元でのフーリエ則の確認は先駆的であり高く評価される。熱流の揺らぎの解析では、平均熱流に対して順逆方向の分布の異方性に注目し、それらが高温および低温側の局所平衡温度と平均自由行路のミクロなメカニズムを反映していることを示すと共に、その背後に温度のrescalingの構造を発見している。これは局所平衡状態における揺らぎに新たな普遍的構造を指摘したものであり、また近年盛んに研究されている揺らぎ定理の知見を補う注目すべき成果である。 爬行生物の泳動機構に関する第二の研究では、硬いバネで結ばれた二つの部位(頭部、尾部)が周期的に膨張収縮振動しながら周りの砂粒子と弾性衝突相互作用する物理モデル(pushme-pullyou model)を提案し、詳しいシミュレーションを行った。これによると、進行方向は砂粒子系の境界条件などに依存して定まらないものの、泳動は安定に出現する。そのスピードや消費エネルギー効率などを解析するとともに、その人工生物の運動の結果として媒質である砂中に微小空洞が形成されること、さらに砂粒部分の液状ー固状の変化が泳動にとって重要因子であり、それを反映して泳動に最適パラメターが存在することを発見している。ここで提案された人工生物モデルは生物学の知見からすれば多くの疑問を残しているところであるが、近年著しく進歩した粉粒体物理の理解と生物たちの行動の理解を結びつけようという新鮮な構想力は独創的なものである。また、そのような複雑な非線形非平衡現象に対してシミュレーション研究の可能性を広く展望させるという点においても豊かな貢献をしている。 シミュレーション研究の意義は理想的状況での計算機実験という側面においても、また現実の状況下にある複雑な現象に対する場合においても、常に新しい発見によって自然の法則的理解と論理の発展に貢献するところにある。また、その成果はそこでの注意深い考察の中にあり、その後の理論研究や実験研究の進歩に貢献すべきものである。島田氏の研究はそのような計算機シミュレーション研究の有効性を見事に示しているもので、優れた成果と評価される。
日本物理学会 領域11