若手奨励賞
日本物理学会では、将来の物理学をになう優秀な若手研究者の研究を奨励し、 日本物理学会をより活性化するために若手奨励賞を設けています。第17回日本物理学会若手奨励賞受賞者(領域11)
受賞者の発表
2022年6月の会告にしたがって,第17回日本物理学会若手奨励賞(領域11)の募集を行い,同年7月25日に締切りました.若手奨励賞領域11内規にしたがって設置された領域11の審査委員会による厳正な審査の結果,応募者の中から下記の4名の候補者が選考され,同年10月の物理学会理事会で受賞者として承認されました.ここでその受賞を祝福するとともに,領域11関係者に公示いたします.なお,対象論文などの情報については, 物理学会の若手賞のWebサイトをご覧ください.
受賞者 | 受賞題目 |
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大山 倫弘(豊田中央研究所) | せん断下アモルファス固体が示す普遍的性質の起源解明 |
永井 瞭(東京大学大学院理学系研究科) | 機械学習による交換相関汎関数の構築 |
花井 亮(アジア太平洋理論物理学センター) | 非平衡系における非相反相転移の研究 |
ヴーバンタン(慶應義塾大学理工学部) | 非平衡熱力学の不可逆性に関する理論的研究 |
審査経過報告
本年度の領域11若手奨励賞は、2022年7月25日の締切までに応募のあった11名の候補者の中から厳正な審査を経て、4名への授賞を決定した。審査は、領域代表が指名した9名の審査委員によって行われた。審査委員は領域11が対象とする広範な分野をカバーするべく、異なる専門を持つ研究者から選出されている。うち1名が審査委員長を務め、審査の取りまとめに当たった。審査手順は以下の通りである。まず各候補者について、共同研究や過去の指導教員など関わりが深い委員を「関係者」と定義し、委員長の求めに応じて参考情報を述べる以外は、当該候補の審査に加わらないこととした。審査は二段階で行った。まず一次審査では各候補者について、審査委員長が指名した 3名が、審査対象論文を審査し、業績の独創性や候補者の貢献度を勘案して絶対評価による採点を行い、査読レポートを作成した。二次審査は、昨年に引き続きZoom によるオンライン審査会議により行った。一次審査の査読レポートおよび採点の集計結果をあらかじめ審査員全員が閲読し、会議当日には、各候補者に関する担当審査員3名が意見を述べた後で、閲読結果の内容について審議を行った。その議論に基づいて採点結果を再度検討し、全審査員の合議により受賞者を決定した。
本年度は4名の候補者を決定したが、今回、受賞に至らなかった候補者の研究の中には高いレベルのものが含まれており、今後の展開に強い期待が審査員から寄せられている。新規、再応募ともに来年度も多くの方の推薦と応募があることを期待する。
受賞理由
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大山 倫弘:せん断下アモルファス固体が示す普遍的性質の起源解明
Unraveling the origin of universal properties of amorphous solids under shear大山氏はアモルファス固体の機械的・運動論的特性に関して基礎的な研究を行い、 いくつかの普遍的な性質が「降伏転移」と呼ばれる非平衡相転移の観点から統一的に理解できる道筋を示した。論文1ではアモルファス固体の一種である高密度粉体について研究を行った。剪断変形をしている高密度粉体では、速度場のエネルギースペクトルがベキ的で乱流によく似ていることが知られていた。しかもこの乱流的な速度場はバクテリア集団や液晶など単純流体以外でも広く観察されることから注目を集めていた。先行研究では二次元系が対象とされていたが、大山氏は三次元系も対象にすることで、この現象の次元依存性を初めて系統的に明らかにした。すなわち、三次元速度場のエネルギースペクトルは二次元の場合とはベキ指数の符号が異なり、乱流的な挙動とは言い難いことを発見した。さらに、これらのエネルギースペクトルが降伏転移の臨界的性質から理解できることも示した。論文2では、アモルファス固体が示す間欠的な変形挙動の統計法則について研究を行った。剪断変形を受けるアモルファス固体では、剪断歪みエネルギーが間欠的に解放される。その規模別頻度分布はベキ的になることが知られているが、その関数形は地震やランダム磁性体などで見られる多くの不安定挙動と共通であり、その普遍性には長く関心が持たれてきた。大山氏は系統的で大規模な数値計算を実行することで、現象論を見通しよく整理することに成功した。特にエネルギー解放イベントを「前震」と「本震」に分け、両者が異なる統計法則に従うことを示したのは、一連の先行研究における混乱を整理する見方として期待される。論文3ではアモルファス固体を含むソフトマターの多くで成り立つレオロジー(Herschel-Bulkley則、HB則)について研究を行った。このHB則はその普遍性にも拘らずその起源が不明であったが、近年になって有力な理論が現れた(Lin et al. 2014)。しかしこの理論はいくつかの重要な量が原理的に測定不能であり検証が不可能であった。大山氏は測定可能な量のみでLin et al.と同等な理論を構築することに成功し、そこから帰結されるいくつかの関係式もシミュレーションで検証することができた。これらの優れた研究を主体的に実行した大山氏は物理学会若手奨励賞に相応しい。
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永井 瞭:機械学習による交換相関汎関数の構築
Development of machine-learning-based exchange correlation functionalクーロン相互作用から出発して、物質中の電子の状態をモデル化なしに扱う第一原理計算は、近年のコンピュータの進歩も相まってさまざまな応用が進んでいる。固体の第一原理計算では密度汎関数法が広く用いられている。密度汎関数理論では、電子相関の効果を交換相関汎関数に押し込むことで多体のシュレディンガー方程式を一体問題に書き直す。その結果、シミュレーションにかかる計算コストを原子数の多項式時間に抑えることができる。一方で、交換相関汎関数は解析的な形で書き下せないため、これまでさまざまな近似が提案されてきたが、精度や信頼性、適用範囲に問題があった。永井氏は、交換相関汎関数を機械学習汎関数で置き換える一般的な手法を提案した。高精度な量子化学計算手法の計算結果を入力として与え、汎関数を逆問題として学習する手法を開発し、少数の小さな分子に対するデータから作った機械学習交換相関汎関数が、さまざまな小中規模の分子においても既存の密度汎関数を超える精度を実現することを示した。加えて、厳密解が知られている極限での振る舞いを再現する機械学習汎関数を導入することで、その汎化性能をさらに高めることができることを明らかにした。交換相関汎関数を機械学習汎関数で置き換えるというアイデアを実装し、その安定性や高い精度、汎用性を示した先駆的な研究である。その後の関連研究も様々なグループによって進められており、波及効果も大きい。物性物理、計算物理、データ科学の融合領域における非常に優れた業績であり、若手奨励賞にふさわしいと評価する。
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花井 亮:非平衡系における非相反相転移の研究
Study of non-reciprocal phase transitions in non-equilibrium systems非平衡系の相転移現象には平衡系の相転移のランダウ理論のような一般論が存在せず、いくつかの非平衡相転移が個別に深く研究されてきたが、非平衡系特有の相転移現象を一般的に説明できる理論の発展が待たれている。花井氏は、まず駆動された散逸のあるボース・アインシュタイン凝縮の非平衡定常状態を例として、非平衡多体系の相転移・臨界現象を研究した。この系の秩序変数の時間発展は非エルミートなグロス・ピタエフスキー(GP)方程式によって記述され、秩序相での秩序変数の揺らぎはゴールドストーン・モードおよび有限の励起ギャップをもつ振幅モードからなる。花井氏はこの系の非平衡相転移の臨界点がGP方程式の非エルミート行列の例外点に対応することを指摘した。そして、例外臨界点では二つのモードが縮退して結合することにより、非常に大きな臨界揺らぎと長距離相関が生じることを明らかにし、この例外臨界点の上部および下部臨界次元がそれぞれ8と4であることを示した。この研究に引き続いて、花井氏らはこのタイプの非平衡臨界現象が、非相反的な相互作用をもつ多成分秩序変数をもつ量子系および古典系に一般的に起こる現象であることを、秩序変数に対する発展方程式にもとづき理論的に明らかにした。非相反性は線形化発展方程式の係数行列が非エルミート(非対称)であることに反映され、ゼロ固有値が縮退する例外点が相転移臨界点となる。この一般論でカバーされる非平衡臨界現象の例には、上述のボーズ凝縮系や励起子ポラリトン凝縮体などの量子多体系のみならず、蔵本模型・ヴィチェック模型・スウィフト-ホーエンベルグ模型などの古典非線形系などがあり、非相反的な相互作用をもつ連続対称性をもつ系に広く適用できる一般論となっている。以上の花井氏の研究は非平衡系の相転移臨界現象に関する新しい一つの枠組みを与えるものとして高く評価できるものであり、若手奨励賞に相応しい。
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ヴーバンタン:非平衡熱力学の不可逆性に関する理論的研究
Theoretical studies on the irreversibility in non-equilibrium thermodynamics近年、微小な非平衡系に関して成立する一般法則が次々と見出され、微小熱機関や量子バッテリーから分子モーターまでを熱力学的な観点から解析することができるようになってきた。 Vu氏は古典系において知られていた幾つかの重要な知見を、Gorini-Kossakowski-Sudarshan-Lindblad 方程式に基づいて量子系に拡張する重要な業績を上げている。第一論文では、複数の熱浴と結合する開放系の緩和過程に対するエントロピー生成の情報理論的な下限を導出した。続く第二論文は、「情報を消去するのに必要な放熱量は情報を持つ自由度のエントロピー変化量によって下限される」というランダウアー原理に関連するものである。近年、こうした熱力学操作における有限の操作時間の効果に大きな関心が集まっているが、Vu氏はこの問題における量子コヒーレンスの影響を定量的に解明した。さらに第三論文は、熱力学的不確定性関係 (TUR)に関するものである。TUR は、「カレントの精度を上げるには散逸を増やす必要がある」ことを意味する不等式であるが、これに対して量子コヒーレンス がどのような影響を及ぼすのかが重大な問題となっている。Vu氏は、量子コヒーレンスの存在する場合にTURが成立する十分条件の一つを明らかにした。上記、3 本の業績は、コヒーレンスにおける量子ダイナミックスを解析し、その普遍的性質を明らかにしたものであり、非平衡統計力学に対する重要な寄与と認められる。よってVu氏は物理学会若手奨励賞に相応しい。
授賞式
2023年春季大会において領域11の若手奨励賞授賞式・受賞記念講演が実地開催される予定です.
日本物理学会 領域11